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【完結】俺が連続殺人事件の犯人かもしれない  作者: ドネルケバブ佐藤


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第3章後編

完結まで毎日投稿します

  クリニックを出て、僕は再び街を歩いた。記憶市場の実態を目の当たりにして、自分がいかに深い闇の中にいるかを理解した。


 人の死が商品として売られ、遺族の苦しみが無視され、記憶中毒者が量産されている。それが現在の記憶市場の現実だった。


 そして、僕もその加害者の一人なのだ。


 夕方、僕は桜ヶ丘公園を訪れた。田島由紀子さんが殺された場所だった。献花台には新しい花が供えられており、彼女を偲ぶ人々の思いが感じられた。


 僕はベンチに座って、自分の行為を振り返った。田島さんの死を、僕は娯楽として消費した。佐々木恵美さんの死も、山本理恵さんの死も。彼女たちの最後の瞬間を、スリルとして楽しんだ。


 でも、それは僕だけではない。記憶市場全体が、人の死を商品化している。そして、それを求める消費者がいる限り、この構造は続いていく。


 その時、背後から声をかけられた。


 「すみません」


 振り返ると、三十代くらいの男性が立っていた。黒いスーツを着て、疲れ切った表情をしている。


 「もしかして、記憶屋の客ですか?」


 僕は驚いた。なぜそれがわかるのか?


 「私、佐々木恵美の兄です」


 佐々木恵美。二番目の被害者の名前だった。僕の血の気が引いた。


 「妹の記憶を買った人を探しているんです」


 男性の声は静かだったが、その奥に怒りが隠されているのがわかった。


 「どうして?」


 「妹がどのような最期を迎えたのか、知りたいんです」


 僕は言葉を失った。遺族が犯行記憶を求めているという雑誌の記事を思い出した。


 「でも、それは……」


 「つらいことですか? もちろん、わかっています」男性は苦しそうに笑った。「でも、知らずにはいられないんです」


 僕は彼に真実を告げるべきか迷った。僕が彼の妹の死の記憶を持っていることを。その記憶がいかに残酷で、見る者の精神を破壊するものであることを。


 「記憶屋で、妹の記憶を買うつもりです」男性は続けた。「価格は高いですが、借金をしてでも買います」


 「やめた方がいいです」


 僕は思わず口を出した。


 「なぜですか?」


 「その記憶は……あまりにも残酷です。見れば、確実にあなたの心を壊します」


 男性は僕を見つめた。その目には、深い悲しみと、同時に強い意志があった。


 「あなたは、見たんですね。妹の最期を」


 僕は何も答えられなかった。


 「どうでしたか? 妹は、苦しみましたか?」


 涙が男性の頬を伝った。僕も泣きそうになった。佐々木恵美さんの記憶が鮮明に蘇る。彼女の恐怖、必死の抵抗、そして最後の瞬間。


 「苦しまずに、すぐに……」


 僕は嘘をついた。本当は、彼女は長時間苦しんだ。犯人は彼女の苦痛を楽しんでいた。でも、それを兄に伝えることはできなかった。


 「そうですか」男性は安堵の表情を見せた。「ありがとうございます」


 彼は去っていった。僕は彼が記憶を買うことを止められなかった。止める権利もなかった。僕も同じことをしているのだから。


 その夜、僕はアパートで記憶市場について調べ続けた。インターネットで検索すると、さらに恐ろしい事実が明らかになった。


 記憶の違法取引が横行している。昏睡状態の患者から無断で記憶を抽出する事件。認知症患者の記憶を家族が無断で売却する事件。子供の記憶を親が売る事件。


 また、記憶の偽造技術も発達している。存在しない記憶を人工的に作り出し、本物として販売する詐欺が後を絶たない。


 さらに恐ろしいのは、記憶を使った新しい犯罪の形態だった。被害者の記憶を盗んで恐喝に使う。アリバイ作りのために偽記憶を移植する。証人の記憶を改ざんして証言を変える。


 記憶市場の発達と共に、新しい犯罪も生まれているのだ。


 そして、記憶市場の中心には、常に死があった。人の死が最も高値で取引される商品なのだ。戦争の記憶、災害の記憶、事故の記憶。人々の不幸が、投機の対象となっている。


 僕は自分が関わってしまった世界の深い闇に、恐怖を感じた。でも、同時に抜け出すこともできずにいた。記憶中毒は、僕を確実に蝕んでいた。


 翌朝、大学で田中に会った。


 「山田、最近本当に変だぞ」彼は心配そうに言った。「何かあったのか?」


 僕は田中を見つめた。彼は普通の人間だった。記憶を売り買いすることもなく、他人の死を娯楽として消費することもない。ごく当たり前の、健全な人間だった。


 「記憶屋って知ってる?」


 僕は思わず口にしていた。


 「ああ、最近話題だな。記憶を売り買いできるってやつだろ?」田中は興味なさそうに答えた。「でも、そんなもの買ってどうするんだ?」


 「どうして?」


 「だって、他人の記憶でしょ? 自分の体験じゃない。意味ないじゃん」


 田中の言葉は、僕の心に深く刺さった。他人の記憶は、所詮偽物なのだ。どれだけ鮮明でも、どれだけリアルでも、自分の体験ではない。


 「でも、自分には体験できないことを体験できるよ」


 「それが何になるんだ?」田中は首をひねった。「偽物の体験を積んでも、自分は何も変わらないだろ」


 偽物の体験。田中の言葉は正論だった。僕が記憶屋で買い求めてきたものは、すべて偽物だった。田村の恋愛も、高橋の青春も、そして犯罪記憶も。すべて借り物でしかない。


 「山田は山田のままでいいじゃないか」田中は続けた。「何もないって言ってたけど、それでも山田は山田だろ。他人になる必要なんてないよ」


 僕は涙が出そうになった。田中の言葉は、記憶中毒に蝕まれた僕には、もう届かなかった。僕はもう、山田ではなくなっていた。複数の人格が混在した、得体の知れない存在になってしまった。


 午後の講義中、僕は記憶市場について考え続けた。なぜ、これほどまでに記憶市場は拡大したのか?


 答えは、現代社会の病理にあった。


 多くの人が、自分の人生に満足していない。平凡な日常、退屈な仕事、叶わない夢。そんな現実から逃避したいと願っている。


 記憶市場は、そんな人々に偽物の充実感を与える。他人の輝かしい記憶を買うことで、一時的に満たされた気分になれる。


 でも、それは麻薬と同じだった。一度味わってしまうと、もう止められない。現実がより色褪せて見え、さらに強い刺激を求めるようになる。


 そして、行き着く先は犯罪記憶だった。日常では体験できない極限の感情。生と死の境界で味わう究極の興奮。それが、記憶中毒者の最終的な行き先なのだ。


 僕もその道を辿っている。もう、引き返すことはできない。


 講義が終わると、僕は記憶屋に向かった。新しい犯罪記憶が入荷していないか、確認したかった。


 店に入ると、意外な光景を目にした。警察官が店主と話をしている。


 「記憶の販売について、いくつか質問があります」


 刑事らしい男性が、手帳を片手に店主と話している。僕は慌てて店の奥に隠れた。


 「犯罪記憶の流通について、捜査しています」刑事は続けた。「特に連続殺人の記憶について」


 僕の心臓が激しく鼓動した。ついに警察が動き出したのだ。


 「当店では、法律に従って営業しています」店主は落ち着いて答えた。「記憶の売買は合法です」


 「しかし、犯罪記憶の売買は倫理的に問題があります」刑事は詰め寄った。「被害者の尊厳を踏みにじる行為です」


 「法律で禁止されていない以上、我々に罪はありません」


 店主と刑事の議論が続いた。僕は身を隠しながら、その会話を聞いていた。


 やがて刑事は去っていった。でも、警察が記憶市場を注視し始めたのは確実だった。いずれ、犯罪記憶の売買は規制されるかもしれない。


 店主は疲れた様子で、僕に声をかけた。


 「お客様、お疲れ様でした」


 「警察は何を?」


 「犯罪記憶の件です。最近、社会問題化していますから」店主は苦い表情を浮かべた。「いずれ、規制が入るかもしれません」


 規制。犯罪記憶が手に入らなくなる可能性。僕は焦りを感じた。


 「今のうちに、在庫を確保しておいた方がいいかもしれませんね」


 店主の言葉は、僕の依存症を煽るものだった。


 「何がありますか?」


 「実は、新しい記憶が入荷しています」店主は奥の棚から一つのカプセルを取り出した。「大量殺人の記憶です」


 大量殺人。僕は背筋が寒くなった。


 「価格は?」


 「五十万円です」


 五十万円。僕の借金はすでに数百万円に膨らんでいた。でも、これが最後かもしれない。規制が入れば、もう犯罪記憶は手に入らない。


 「購入します」


 僕は迷わず答えた。もはや正常な判断力は失われていた。記憶中毒が、僕を完全に支配していた。


 八度目の記憶移植。


 今度は、学校での無差別殺傷事件の記憶だった。犯人は元教師で、職場での人間関係に悩んでいた。そして、ある日突然、元職場に乱入して児童たちを襲った。


 記憶の中で、僕は児童たちの恐怖に歪んだ顔を見た。泣き叫ぶ声、逃げ惑う小さな体、血に染まった教室。すべてが鮮明に刻まれていった。


 記憶移植が終わった時、僕は床に崩れ落ちた。今度は、立ち上がることもできなかった。あまりにも強烈で残酷な記憶に、脳が完全にパンクしていた。


 「救急車を呼びます」


 店主が慌てて携帯電話を取り出した。


 「いえ、大丈夫です」


 僕は必死に止めた。救急車を呼ばれれば、記憶の移植がバレてしまう。そうなれば、警察に通報されるかもしれない。


 しばらくして、なんとか立ち上がることができた。でも、頭の中は混乱していた。大量殺人の記憶が、他の記憶と絡み合って、もう何が何だかわからない状態だった。


 店を出て、夜の街を歩いた。行き交う人々を見ながら、恐ろしい想像をしていた。あの人も、この人も、記憶を売り買いしているのではないか。誰が被害者で、誰が加害者なのか、もうわからない。


 記憶市場は、社会全体を蝕んでいる。人々の死が商品化され、遺族の悲しみが無視され、記憶中毒者が増産されている。そして、その全ての中心に、僕のような消費者がいる。


 僕は、この恐ろしいシステムの一部になってしまった。


 そして、もう抜け出すことはできない。


 アパートに帰ると、鏡を見た。そこに映っているのは、もう山田ではなかった。田村でも、高橋でも、犯罪者でもない。すべてが混ざり合った、名前のない化け物だった。


 僕は自分が何者なのか、もうわからなくなっていた。

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