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【完結】俺が連続殺人事件の犯人かもしれない  作者: ドネルケバブ佐藤


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第2章後編

完結まで毎日投稿します

翌朝、大学で田中に会った。


「太郎、顔色悪いな。大丈夫か?」


「ちょっと体調が……」


 僕は田中に事情を話すべきか迷った。でも、記憶屋で犯罪記憶を買ったなんて言えば、確実に軽蔑されるだろう。


「最近、変だぞお前」田中は心配そうに言った。「何かあったのか?」


「何も」


 僕は嘘をついた。でも、田中との友情すら、今は重荷に感じられた。彼は僕が殺人の記憶を体験したことを知らない。僕の中に他人の死が刻まれていることを知らない。


 午後の講義中、僕は集中できなかった。教授の話す内容が頭に入ってこない。代わりに、あの公園での記憶が繰り返し蘇る。包丁の感触、女性の表情、血の匂い。


 そして、恐ろしいことに気づいた。


 僕は田島由紀子さんの死に興奮を感じていたのだ。記憶の中の「彼」の感情が、僕自身の感情と混ざり合っている。田村や高橋の記憶と同じように、殺人犯の記憶も僕の一部になってしまった。


 講義が終わると、僕は急いで図書館に向かった。犯罪心理学の本を読み漁った。サイコパス、連続殺人犯の心理、記憶と人格の関係。


 そして、恐ろしい事実を知った。

 記憶移植は人格にも影響を与える可能性があるというのだ。他人の記憶を多数移植された人間は、元の人格が希薄になり、移植された記憶の人格に支配される場合がある。


 僕は今、何人分の記憶を持っているのか?

 田村、高橋、野球部のエース、そして殺人犯。

 どれが本当の山田なのか?


 図書館を出ると、空は暗くなっていた。街灯の光が道路を照らしている。歩いている人々を見ながら、僕は恐ろしい想像をしていた。


 この中に、次の被害者がいるのではないか?

 殺人犯の記憶を持つ僕が、彼らに危害を加えることはないのか?


 記憶は単なる体験の蓄積ではない。感情も、価値観も、欲望も含まれている。殺人犯の記憶を持つということは、彼の殺人衝動も持つということではないのか?


 アパートに帰ると、僕は鏡を見た。そこに映っているのは山田だった。でも、その奥に他の誰かが潜んでいるような気がした。田村、高橋、そして名前も知らない殺人犯。


 その夜、僕は悪夢を見た。

 公園で田島由紀子さんと向き合っている夢だった。でも、今度は僕が犯人の立場ではなく、被害者の立場だった。包丁を向けられているのは僕で、恐怖で身動きが取れない。


 そして、包丁を握っているのは、僕自身だった。


 目を覚ますと、汗びっしょりになっていた。時計を見ると午前三時。窓の外は静寂に包まれている。


 でも、その静寂の中に、何か不穏なものを感じた。まるで、どこかで誰かが死んでいるような、そんな気配だった。


 僕は窓辺に立って外を見た。街灯に照らされた住宅街。何も変わったところはない。でも、記憶の中の殺人犯は、きっとこんな夜に犯行を重ねているのだ。


 そして、恐ろしいことに、僕はそれを理解できてしまう。なぜ人を殺すのか。どんな快感があるのか。どんな興奮があるのか。


 記憶を通して、僕は殺人犯の心理を完全に理解してしまった。


 翌日、新聞で新たな事件を知った。


『女性殺害事件 手口が三ヶ月前の事件と酷似』


 また同じ犯人による犯行らしい。被害者は二十代の会社員女性。深夜の公園で刺殺されていた。犯行手口は田島由紀子さんの事件と全く同じだった。


 僕は記憶屋に急いだ。もしかしたら、新しい記憶が入荷しているかもしれない。


「やはり、来られましたね」店主は予想していたような顔をした。


「新しい記憶は?」


「今朝、入荷しました」店主は奥の棚から一つのカプセルを取り出した。「連続殺人の記憶 第二回」


 僕は手が震えるのを感じた。また犠牲者が出た。そして、その記憶がもう商品として売られている。


「価格は?」


「二十万円です」


「高くないですか?」


「希少性が高いので」店主は事務的に答えた。「それに、クオリティも非常に高い。臨場感が違います」


 クオリティ。臨場感。

 人の死を商品の品質で語る店主の言葉に、僕は嫌悪感を覚えた。でも、同時に好奇心も抑えきれなかった。


 二度目の殺人はどのようなものだったのか?

 犯人はどんな気持ちで犯行に及んだのか?

 被害者はどんな女性だったのか?


 僕は消費者金融で追加の借金をして、その記憶を購入した。


 五度目の記憶移植。

 今度は、より鮮明だった。まるで自分自身が犯行を行っているような錯覚に陥った。


 被害者は佐々木恵美さん、二十六歳。OLをしながら夜間の専門学校に通っている勤勉な女性だった。彼女が一人で帰宅する道のりを、犯人は数日間下見していた。


 犯行現場は小さな公園。田島さんの事件とは別の場所だったが、環境は似ていた。人通りが少なく、街灯も少ない。


 佐々木さんは学校帰りに公園を通り抜けようとしていた。重い教科書の入ったカバンを持ち、疲れた様子だった。


 犯人は茂みに隠れて待ち伏せしていた。佐々木さんが通りかかると、後ろから近づいた。


 彼女が気づいて振り返った瞬間の表情。驚き、そして恐怖。田島さんと同じ表情だった。


 でも、佐々木さんは逃げようとした。カバンを投げつけて、公園の出口に向かって走った。しかし、犯人の方が早かった。


 追いついて、後ろから羽交い締めにする。佐々木さんは必死に抵抗した。爪で引っ掻き、蹴り、叫ぼうとした。でも、深夜の公園に人はいない。


 そして——


 記憶の移植が終わった時、僕は椅子から転げ落ちそうになった。今度は吐き気だけでなく、頭痛もあった。脳が記憶の処理に追いついていないのだ。


「大丈夫ですか?」


 店主が心配そうに見ている。でも、僕にはその顔が偽善的に見えた。人の死で商売をしている男が、今さら心配するふりをしている。


「帰ります」


 僕はふらつく足で店を出た。外の空気を吸っても、胸の奥の重苦しさは消えなかった。


 佐々木恵美さんの記憶が、僕の中に刻まれていた。彼女の恐怖、必死の抵抗、そして最後の瞬間。すべてが鮮明に残っている。


 でも、同時に犯人の興奮も感じていた。獲物を追い詰める快感。完全に支配する快感。命を奪う瞬間の至上の快楽。


 僕は自分が恐ろしくなった。

 他人の死に快感を覚えている自分が、理解できなかった。


 アパートに帰ると、僕は部屋の鍵を内側からかけた。外に出るのが怖くなったのだ。このまま外に出れば、誰かを傷つけてしまうかもしれない。


 でも、部屋の中にいても、殺人犯の記憶は消えない。田島由紀子さんと佐々木恵美さん。二人の女性の最後の瞬間が、繰り返し頭の中で再生される。


 そして、恐ろしいことに、僕はその記憶を愛しているのだ。他人の死を、まるで美しい映画のように何度も思い返している。


 これが記憶中毒というものなのか?

 僕はもう、普通の記憶では満足できなくなっていた。田村の恋愛記憶も、高橋の青春記憶も、色褪せて見える。殺人の記憶の強烈さに比べれば、すべてが薄っぺらい。


 その夜、僕は決意した。

 もう記憶屋には行かない。これ以上、他人の記憶に依存するのはやめる。


 でも、その決意は三日と続かなかった。


 四日目の夜、僕は再び記憶屋の前に立っていた。閉店時間を過ぎていたが、裏口から入ることができた。店主も、僕のような常連客には便宜を図ってくれるのだ。


「第三回は、まだ入荷していません」店主は申し訳なさそうに言った。


「他に、似たようなものは?」


「実は……」店主は迷うような表情を見せた。「別の犯罪記憶があります。強盗殺人の記憶です」


 僕は迷わず購入した。もはや、金額は問題ではなかった。消費者金融の借金は膨らむ一方だったが、構わなかった。


 六度目の記憶移植。

 今度は深夜のコンビニが舞台だった。一人でアルバイトをしている大学生を襲う記憶だった。


 金銭目的の犯行だったが、必要以上に暴力を振るっている。被害者の苦痛を楽しんでいるようだった。


 記憶の移植が終わって店を出ると、僕はもう自分が誰だか分からなくなっていた。山田太郎、田村、高橋、野球部のエース、連続殺人犯、強盗殺人犯。六人分の記憶と人格が頭の中で渦巻いている。


 どれが本当の自分なのか?

 もう、分からなかった。


 アパートに帰ると、鏡を見た。そこに映っているのは山田の顔だった。でも、その目は違って見えた。冷たく、残忍で、生命を軽視するような目だった。


 僕は恐怖した。

 自分自身に恐怖した。


 そして、その時、ニュースが新たな事件を伝えた。


『連続殺人事件 三人目の被害者か』


 また、女性が殺された。今度は大学生だった。手口は前の二件と同じ。深夜の公園での刺殺。


 僕は確信した。

 明日には、記憶屋に「第三回」が入荷するだろう。


 そして、僕はそれを買ってしまうだろう。


 記憶中毒は、もはや僕の意志では止められないところまで来ていた。他人の死が、僕の唯一の生きがいになってしまった。


 でも、本当に恐ろしいのは、それだけではなかった。


 僕は気づいてしまった。記憶の中の殺人犯は、僕に似ているのだ。体型、年齢、雰囲気。まるで僕自身が犯行を行っているような錯覚に陥るほど似ている。


 それは偶然なのだろうか?

 それとも——


 僕は震え上がった。

 まさか、僕自身が犯人なのではないか?

 記憶喪失になって、自分の犯行を忘れているのではないか?


 鏡の中の自分を見つめながら、僕は考えた。

 僕は本当に、無実なのだろうか?

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