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【完結】俺が連続殺人事件の犯人かもしれない  作者: ドネルケバブ佐藤


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第6話前編

完結まで毎日投稿してます




 森田刑事から連絡があったのは、田中と話をした翌日のことだった。

「山田さん、記憶屋について進展がありました」

 電話口の刑事の声は、いつもより緊張していた。

「進展?」

「店主を任意で事情聴取しました。犯罪記憶の入手経路について、いくつか情報が得られました」

 僕の心臓が高鳴った。

「それで?」

「詳しくは署でお話しします。今日、来ていただけますか?」

 警察署に向かう道のりで、僕は様々な可能性を考えていた。記憶の売り手が特定されたのか? 犯人が逮捕されたのか? それとも、田中の言うように、すべてが詐欺だったと判明したのか?

 取調室に案内されると、森田刑事と店主が座っていた。店主は憔悴した様子で、僕と目が合うと申し訳なさそうに視線を逸らした。

「山田さん、座ってください」

 森田刑事が椅子を勧めた。

「店主さんから、記憶の入手経路について説明がありました」刑事は資料を見ながら言った。「犯罪記憶は、匿名のブローカーから購入していたそうです」

「ブローカー?」

「記憶を集めて売買する業者です」店主が小さな声で答えた。「私も、誰が最初の提供者なのかは知りませんでした」

「つまり、犯人から直接買っていたわけではない?」

「そうです」店主は頷いた。「ブローカーを通じて、複数の段階を経て私の店に届いていました」

 森田刑事が続けた。

「ブローカーを追跡したところ、驚くべきことがわかりました」

 刑事は写真を何枚か机に並べた。それぞれ違う人物の顔写真だった。

「これらの人物が、犯罪記憶の提供者として記録されていました」

 僕は写真を見た。年齢も性別も様々だった。二十代の女性、四十代の男性、六十代の老人。

「この人たちが犯人?」

「いいえ」森田刑事は首を振った。「この人たち全員に事情聴取をしましたが、誰も犯行を認めていません。それどころか……」

 刑事は言葉を切った。

「彼らは皆、自分が記憶を売ったことすら覚えていないのです」

 僕は呆然とした。

「覚えていない?」

「記憶の抽出には、本人の同意が必要です」店主が説明した。「でも、抽出後に記憶を消去する技術もあります」

 記憶の消去。つまり、記憶を売った事実そのものを忘れさせることができるのだ。

「彼らは記憶を売ったことを忘れている。そして、売った記憶の内容も覚えていない」森田刑事は深刻な表情で続けた。「つまり、誰が本当の犯人なのか、本人たちにもわからないのです」

 僕は頭が混乱した。犯人が記憶を忘れている? それでは、真実にたどり着くことは不可能ではないか。

「さらに問題があります」刑事は別の資料を取り出した。「同じ犯罪記憶が、複数のルートで流通していることがわかりました」

「複数のルート?」

「田島由紀子さんの殺害記憶だけで、少なくとも五つの異なるバージョンが市場に出回っています」

 五つの異なるバージョン。同じ事件の記憶が、複数存在している。

「それって、どういうことですか?」

「記憶はコピーできるんです」店主が説明した。「一つの記憶を複数人に移植して、その記憶を再度抽出する。そうすることで、記憶の『コピー』が作られます」

 記憶のコピー。デジタルデータのように、記憶が複製されて広がっていく。

「問題は」森田刑事が続けた。「コピーを繰り返すうちに、記憶の内容が変化していくことです」

 刑事は複数の報告書を見せた。同じ事件についての記憶だが、細部が微妙に違っている。被害者の服の色、犯行時刻、凶器の種類。基本的な構造は同じだが、詳細が異なっている。

「伝言ゲームと同じです」店主は苦々しく言った。「記憶を移植して再抽出することを繰り返すうちに、情報が劣化したり、変容したりする」

「つまり」僕は恐る恐る尋ねた。「どれが本物の記憶なのか、もうわからないということですか?」

「その通りです」森田刑事は頷いた。「市場に出回っている犯罪記憶のうち、どれが真実でどれが変容したものなのか、判別不可能です」

 僕が体験した記憶は、本物だったのか? それとも、何度もコピーされて変容した、歪んだ記憶だったのか?

「さらに悪いことに」刑事は続けた。「一部の記憶は、完全に創作されたものである可能性もあります」

「創作?」

「記憶は人工的に作り出すことも可能です。実際には体験していない出来事を、あたかも本当に体験したかのように記憶として植え付ける技術があります」

 人工記憶。つまり、犯罪記憶として売られているものの中には、完全な嘘もあるということだ。

「じゃあ、僕が体験した記憶は?」

「本物かもしれないし、コピーかもしれないし、創作かもしれません」森田刑事は率直に答えた。「確かめる方法がないのです」

 僕は愕然とした。あれほど鮮明で、リアルで、自分の体験だと信じていた記憶が、実は偽物かもしれない。

「では、真犯人は?」

「わかりません」刑事は認めた。「記憶の提供者リストには複数の人物がいますが、誰が本当の犯人なのか特定できない。そもそも、このリストの中に真犯人がいるのかどうかも疑問です」

 真犯人不明。記憶市場という複雑なシステムの中で、真実は完全に見失われてしまった。

「山田さん」森田刑事が僕を見つめた。「あなたが体験した記憶についても、同じことが言えます。それが本物である保証はどこにもない」

 僕は何も言えなかった。自分のアイデンティティの危機、犯人かもしれないという恐怖。すべてが、偽物の記憶に基づいていたかもしれない。

「今日は、これで終わりにしましょう」刑事は疲れた様子で立ち上がった。「何か思い出したことがあれば、連絡してください」

 警察署を出ると、店主が追いかけてきた。

「山田さん、本当に申し訳ありませんでした」

 店主は深く頭を下げた。

「あなたは知らなかったんですよね」

「はい。ブローカーから仕入れた記憶が、どのような経路で作られたものなのか、確認していませんでした」

「他の客は? 僕以外にも、犯罪記憶を買った人は?」

「たくさんいます」店主は暗い表情で答えた。「少なくとも数十人。もしかすると、百人以上かもしれません」

 百人以上。それだけの人々が、僕と同じように犯罪記憶を体験している。そして、同じように混乱し、苦しんでいるのかもしれない。

「その人たちに連絡を?」

「警察から禁止されています」店主は首を振った。「個人情報保護の観点から、顧客リストの提供は拒否しました」

 僕は記憶屋と別れて、街を歩いた。行き先もなく、ただ歩き続けた。

 記憶の真偽が判別不可能。真犯人も特定不可能。すべてが混沌としている。

 途中、カフェに入って休憩することにした。コーヒーを注文して席に座ると、隣のテーブルで二人の若い女性が話していた。

「記憶屋って知ってる?」

「ああ、記憶を売買できるところでしょ」

「最近、犯罪記憶が問題になってるらしいよ」

「怖いよね。誰が犯人なのかわからないって」

 彼女たちの会話は、まさに僕が直面している問題だった。

「でも、記憶移植って本当にできるの?」

「さあ。催眠術みたいなものじゃないの?」

 催眠術。田中と同じ疑問を持っている人は多いのだろう。記憶移植の真偽すら、社会的には確立されていない。

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