第六十三話 無法の中の法
地球が崩壊した理由は核戦争でも巨大隕石が落下したわけでも異星人が侵略しに来たのでもなく、まー君が本気で飛び上がろうとしたためだった。
本当にバカみたいな話になってしまうのだが真実というのは想像するよりもずっとばかばかしい事であることが多い。
まー君が垂直に飛ぶためのエネルギーに地球が耐えられなかった。ただそれだけの事なのだ。エネルギーに耐えられなかった地球はいくつかに別れてしまいバラバラになるのかと思われたのだけれど、地球が持っている重力にひかれて元の形に近い状態に戻ることは出来た。
だが、地球がバラバラになった際に発生した地震はかつて経験したことがないほど巨大なものとなっていたし、地球が大きく動いたことによって発生した津波は世界中の全ての大地を飲み込んでも勢いは衰えなかった。
一人の男が本気で垂直飛びをした。
それが地球を崩壊させたたった一つの真実であった。
そんな話を聞かされた前田は何一つ信じることは出来ず、作り話にしては滑稽すぎると思っていた。
かつて自分が住んでいた地球がそんな理由で崩壊したのが真実だとしても、もうあそこに戻ることは出来ないのだからどうでもいいと思っていたのもある。自分と同じ世界に麻奈ちゃんがいることであっちの世界に未練なんて何一つ残っていないのだから。
「そんなわけで、ここに集まるべきサキュバスはあっちの世界のまー君のせいで全滅しちゃったんだ。だから、君は今の状況で満足してもらうしかないんだよ。贅沢言わないで現状で満たされちゃうといいんじゃないかな」
「現状で満足しろって言ってもさ、ここにいるのがサキュバスなのかもわからないんだけど。俺が想像してたサキュバスって本当にいるの?」
「もちろんいるさ。君をここまで連れてきたうまなちゃんとイザーちゃんもサキュバスなんだからね。ほら、二人とも君好みの素敵なサキュバスだろ?」
「確かに俺好みではあるけど。ちょっと……ね」
麻奈ちゃんとイザベラちゃんによく似ている二人のサキュバス。とても良く似ているからこそ自分の気持ちに素直になれない。そこで妥協しても問題ないとは思っているのだけれど、本音を言えば麻奈ちゃんと仲良くなりたいと前田は思っているのだ。もちろん、イザベラちゃんとも仲良くなりたいと思ってはいる。
ここで二人のサキュバスを選ぶということは、うまなちゃんとイザーちゃんにとって失礼なだけではなく麻奈ちゃんとイザベラちゃんに対しても失礼なことなのではないかと前田は考えていたが、麻奈ちゃんとイザベラちゃんにとってはどうでもいい事であるし、うまなちゃんとイザーちゃんもどうでもいいと思っている。むしろ、出来ることなら自分が選ばれない方が良いとみんな思っているのくらいなのだ。
「思春期だからそんな反応になってるのかもしれないけれど、ここは伝説のサキュバス島なんだから遠慮することはないさ。ここに限ってはどの世界の法律もルールも戒律も規律も関係ないからね。まさに、無法地帯ということさ。ここを逃したら一生後悔することになると思うよ。いや、一生どころか生まれ変わった後もずっとずっと公開し続けてしまうんだろうね。そうならないようにここでスパッと決めちゃっていいんだよ。ほら、自分の欲望に素直になっちまいなよ」
「そう言われても、どうすればいいのか俺にはわからない。ここで誰を選ぶのが正解なのかわからないんだ」
「それだったら、一人一人に聞いてみたらいいさ。それくらいしたってズルとは言われないよ」
「でも、麻奈ちゃんとイザベラちゃんはここにはいないんだけど」
「ちょっと待ってもらっていいかな。お前がサキュバスを束ねる義務と責任があるのはわかっているんだけど、私らにも少しくらいは選ばせてもらえないもんかね?」
「そうだよ。ここまで連れてくるだけでいいって話だったから手伝ったんだし、それ以上のことをするつもりは全くないんだけど」
「そうだそうだ。それにさ、麻奈ちゃんとイザベラちゃんだっておかしいっていうんじゃないかな。だって、あの子たちはサキュバスじゃなくて人間なんだよ」
「人間の可憐な少女にそんなことを強制させるなんておかしいとかそういう次元の話じゃないと思うんだけど」
「お前らがそう言うのは重々承知だけど、それはまー君が決めたことだから。この島で唯一の法はまー君が絶対だということだけなんだからね。それはお前たちもわかっていることだろ?」
前田は自分が拒否されることには慣れていたのだが、こうして面と向かって言われると多少は心に来るものがあった。この場にいない麻奈ちゃんとイザベラちゃんの意見をまだ聞いてもいないのにも関わらず、断ると思っていることにもショックは受けていた。
実際に二人に聞いても断られるとは思うのだけれど、それを聞く前なのに決めつけられているというのはやはりショックだった。
「まー君が法だって言うんだったら仕方ないよね」
「法に逆らうことなんて私たちには出来ないもんね」
「そうか。わかってくれるか。それなら何も問題はないな」
「問題?」
「どうだろうね」
うまなちゃんとイザーちゃんは不敵な笑みを浮かべると前田に向かって手招きをしていた。
それに誘われるがまま前田は二人のもとへと歩み寄っていった。




