第六十話 まー君の意志
前田にとってまー君は大切な友人の一人ではあるのだが、命を懸けるほどの存在ではなかった。
いや、前田にとって他人のために捨てる命など存在しないのだ。
だが、まー君にとって前田は他の何物にも代えがたい唯一無二の存在なのだ。世界の全てを敵に回すことになったとしても、前田を守ろうという固い意志がまー君の中で確立していた。
なぜそこまで前田のことを強く思っているのか本人にも自覚はないのだけれど、前田が能力を使って遠くへ行くたびにその思いが強くなっているのだが、そのことを知るものはこの世界にも存在していない。
二人が遠く離れ、同じ世界に存在することが出来ない今の状況はまー君にとってとても耐えられるものではなく、少しでも気を抜くと生きとし生けるものすべての命を刈り取っても感情を抑えきれないのかもしれない。
どうにか踏みとどまっているのは前田にもう一度会える希望があるからなのだ。遠い未来ではなくすぐ近い未来に会えるという希望があるからこそ、負の感情は心の奥底へと押し込まれているだけなのである。
そんなわけで、前田に会うために必要なことを何でもすると決めたまー君は、この世界にいるすべてのサキュバスを捕らえて絶対に逃げられないように体をバラバラに刻んで拘束している。生命活動に支障をきたさないように特殊な装置に入れることになってしまったが、それも前田と同じ世界に行くためには必要なことだと自らに言い聞かせていた。
「世界中のサキュバスを捕まえて私と同じ目に遭わせようとしてるみたいだけど、そんなことは不可能だから。あんたがどんなに凄い魔法使いだったとしても、次元を超えて存在するサキュバスまでは捕まえられないんだからね。今でも前田に接触して他の世界に行かないように骨抜きにしようとサキュバスたちが次々に集結してるんだから」
「そうよそうよ、そうなのよ。私たちに対してこんなひどいことをするあんたは一生前田にあえなくしてやるんだからね。あの世界にいるまー君が前田に対して永遠の命と若さを与えてあの世界に拘束してやるんだ。そうすれば、あの世界にいるまー君が今のあんたよりも強くなって本物のまー君になるんだよ。そうなったら、あんたは前田に会えなくなるんだからね」
「同じ世界に同じ人間が二人同時に存在することが出来ないってのはわかったし、前田が自分の意志以外で他の世界に行けないというのもわかった。そんな時はどうすればいいのかってことになるんだろうけど、前田のいる世界に直接手を出せない俺に出来ることなんて限られているんだよな。本当に一つか二つくらいしか手立てがないんだろうな。そのうちの一つは実現不可能だろうし、俺に出来ることなんて一つしかないんだろうね」
まー君は寂しそうな顔で話しているのだが、その視線の先には誰もいない。バラバラになったサキュバスたちはまー君の注意を引こうと色々と話しているのだけれど、その言葉はまー君の心には届いていなかった。
「一つ確認しておきたいんだけど、一つの世界に同一人物は二人存在できないってことでいいんだよね?」
「そうだよ。だからこそあんたが前田のいる世界に行けないんだからね。今まで何度もあったチャンスをあと一歩のところで取り逃がしたけど、今回は成功したんだよ。少しずつ感じていた不安が少しでも大きなものになってくれてよかったよ」
「あんたは覚えてないかもしれないけど、前田がいなくなったと思った後に見つかったことが何度かあったからね。無意識のうちに今回もそうなんじゃないかって思うようになってくれてよかったよ。そのおかげで、前田があっちのまー君のいる世界に移動することが出来たからね。あっちのまー君はあんたと違って使い捨ての命だから大変だったんだよ。何せ、あんたがあっちの世界の自分を殺す前にあっちの世界のあんたと前田が出会う必要があったんだからね。今回はかなりギリギリだったけど上手くいって良かったよ」
「それって、今までは俺が前田の移動した世界にいた自分を殺してたってことなのか?」
「殺しているってのは正確じゃないんだけど、魂そのものを書き換えて体を交換しているってことになるのかもね」
「私たちはそれを邪魔するように言われたんだ。あんたと前田を引き離すために必要な事だって言われたからね」
「だから、私たちがこうして簡単にあんたに捕まってるのだってちゃんと理由があるってことなのさ」
「あんたが別の世界のサキュバス達も集めようとしていることだって作戦の中に織り込み済みなのさ」
いったいどれだけの数のサキュバスが存在しているのか見当もつかないのだが、まー君はそんなことを気にすることもなく無理やり呼び出されたサキュバスたちを同じ目に遭わせていた。
前田が別の世界に移動しようとする動機を作るために行っている行動ではあるが、その終着点がどこになるの誰もわかってはいない。
この世界だけではなく全ての世界に存在するサキュバスを集める必要があるのか。そんなことをする必要なんてないのかもわからない。
だが、その終わりを告げることが出来るかもしれない人物がゆっくりとまー君のいる世界へと近付きつつあったのだ。




