第五十七話 気持ちのいいこと
タネがあってもなくてもどっちでもいいと思う。世の中には俺に理解出来ないようなことはいくらでもあるわけだし、こんな細かいことを気にしてもしょうがないじゃないか。
大事なのは、俺がどうやったら前田のいるところに行けるのかということだ。
サキュバス二人と交渉して俺にとって都合のいいように進めてもらうしかない。
「君はどうしても前田のいるところに行きたいみたいだね。別にそんなに前田にこだわらなくてもいいと思うんだけど、どうしてそんなに前田にこだわってるのかな?」
「それを教えたら前田のいるところに行けるようになるのか?」
「そう言うわけじゃないんだけど、ちょっと気になったんだよね」
「君と前田がどんな関係でどんな繋がりがあるのかわかってるんだけど、君さえよかったら前田との繋がりを断ち切ってあげてもいいんだよ?」
「そんな冗談なんてどうでもいいんでさっさと前田の場所に行かせろよ」
「そんな怖い顔しなくてもいいのに。もっと大人になりなよ」
「一人にこだわるなんてお子様だね。大人にならないと目的の場所に行けないよ」
「別の前田でもいいんだったら今すぐにでも飛ばしてあげるんだけど」
「そんなに変わらないと思うんだけどな」
別の前田と会ったとしても俺には見分けがつかないのかもしれないが、何となく違和感はありそうな気がしている。今までクラスメイト達にもちょっとした違和感はあったし、俺の両親に対しても何か違うように思うことはあった。
だが、前田に関しては他の人にあったような違和感はなく、いつどこであっても俺の知っている前田だと思う。
興味がない相手の違和感がわかっているのに前田には全く違和感がないというのは俺と前田だけはどこに行っても同じ存在だということなのだろう。だからこそ、別の前田で妥協しようなんてこれっぽっちも思うことはない。
「で、俺はいったいどうすればいいわけ?」
「私たちとしては君があの前田にこだわらなくてもこだわってもどっちでもいいんだけど、本当に君が知っている前田でいいんだね?」
「しつこいな。それでいいって言ってるんだからさっさと教えろよ」
サキュバス二人はゆっくりと前に進み手を伸ばせば触れられそうな距離になっていた。もちろん、手を伸ばして触ろうとは思わないけれど、二人の動きに合わせるかのように甘ったるい匂いが顔を覆っているように感じていた。
「私たちがパンツを脱ぐってことがどういう意味なのか分かるかな?」
「トイレに行きたいってわけじゃないよな?」
「あはは、意外と面白いことを言うんだね。もちろんそんなつもりじゃないよ」
「君がトイレに行っておきたいって言うんだったら今のうちに済ませておいてね。これから楽しい時間が始まるわけだけど、そうなっちゃったら途中で休憩とか出来ないからね」
「休憩なんて無駄な時間は必要ない。一刻も早く前田のところに案内してもらおうか」
サキュバスがそっと手を伸ばして肩から首筋へと優しく指でなぞってきた。その指使いはどことなく官能的でこれから良くないことをするんだという意思表明のようにも感じていた。
前田の部屋で見た少しエッチな漫画にもこんなシーンがあったような気がするけれど、実際にされてみるとくすぐったさの方が強く感じてしまう。
もう一人のサキュバスは俺の足元でしゃがみこんで腰に手を回そうとしてきた。
「え?」
サキュバスの手が俺の腰に触れそうになった瞬間、俺は全く意識せずに思いっきり膝を顔面に叩きこんでいた。
完全に無防備な状態のところに思いっきり膝を叩きこんでいたし、今までに感じたことがないくらい完璧な角度とタイミングだったため当たった感触はほとんどなかったが、サキュバスの首がほぼ直角に曲がっていたのは目に入っていた。
「ちょ、ちょっと、それはだめだよ。いくら何でもおかしいって。いきなり膝蹴りとか頭おかしいんじゃないの?」
「いや、膝の前に顔を出して来たらそうなるでしょ?」
「普通は攻撃しないって。格闘技をやってる人だって膝で攻撃したりするような場面じゃないでしょ。もっとこう、エッチな何かを期待するシチュエーションでしょ?」
「そういうのに興味ないから」
「興味があってもなくても攻撃しちゃダメ。お互いに戦う意思があるんだったらいいと思うけど、今の私たちにはそんなつもりなんて無かったんだよ。ほら、実体化しちゃったからダメージもしっかり入って愛華ちゃんが気絶しちゃってるでしょ。こんなんじゃ前田のところに送ることなんて出来ないんだからね」
サキュバスでもやり方次第では気絶させることが出来るみたいだ。
実体化することによってお互いに触れることが出来るからこそ、こちらの攻撃がしっかりと効いているということなんだろう。
そういえば、前田の持っていた漫画でこんなシーンがあったような気がする。
「実体化することで相手と触れ合えるってことなんだよね?」
「そうだけど、こんなひどいことする人は初めてだわ。男の子ならもっとこう、違うことを期待するもんでしょ?」
「まあ、そういうのが普通なのかもしれないけど、俺はそうじゃなかったって話でしょ」
「だからってさ、いきなり膝蹴りは違うんじゃないかな。愛華ちゃんはあのまま抱き着こうと思っただけなのに、反撃するにしても別のやり方があったと思うんだよね」
「悪いんだけど、俺には別のやり方ってのがわからないんだ。だから、悪いとは思うけど反省はしていないよ。そっちからやってきたわけだし」
「物は言いようだね。でも、そんなおいたはしちゃだめだよ。これからちゃんとお互いに気持ち良くならないとね」
さっきまで俺に触れていた指はとっくに離れていたし俺の攻撃が届かない距離を開けていた。
いきなり膝蹴りを決めるような奴の間合いに入るのは怖いと思うのは当然だが、この程度の距離であれば一瞬で間合いを詰めて攻撃することも出来るのだがね。
「そう言えば、気絶する瞬間って気持ちいいって聞いたことがあるんだけど」
サキュバスの表情が一瞬にして変化したのだが、俺にとってはどうでもいい事であった。




