第五十五話 サキュバス召喚
サキュバスに会うために必要な事はたった一つ、カバー裏に印刷されているQRコードを読み込んで情報を登録するだけだ。
明らかに怪しいサイトではあったが、今の俺には他に頼れるものもないので藁にも縋る思いでまじめに登録しいた。仮に何かマズいことになったとしても別にいいのだ。前田のいないこの世界で俺がどうなろうと関係ない。
仮登録を済ませた後に届いたメールに記載されていたサイトに飛んで本登録も済ませたのだが、一時間経っても二時間経っても何の連絡もなく寝る時間になってしまった。今日はこのまま何もリアクションがないのかなと思ってベッドに入ろうとした瞬間、俺の足を掴もうと細く白い腕がベッドの下から伸びてきた。
俺はその腕をひらりと交わして手首を踏みつけて動けないように押さえたのだ。俺に踏まれた腕は必死に抵抗を試みて逃げようとしているのだが、俺の親指がしっかりと食い込んでいて逃げることが出来ない。
もう一本の腕はいつ出てくるのだろうと身構えている俺の心をわかってくれないのか、腕の持ち主は何もせずに黙ってこの状況を受け入れているようだ。
少しだけ冷静になって考えてみると、俺の足で動きを封じることが出来るということは質量があるということなので幽霊ではない。俺が部屋を出たのは食事と風呂とトイレの三回だけであり、この部屋に俺以外が入ったという痕跡はどこにもなかった。つまり、俺が今朝この部屋を出た後から帰ってくるまでの間にこの腕の主はベッドの下に潜り込んで息を潜めていたことになる。
うん、普通に気持ち悪い。
どんな奴がベッドの下に隠れているのだろうと思って腕を掴んでから足を離して思いっきり引っ張ると、見たことがない女が二人出てきた。それも、およそ服と呼べるようなものは身につけておらず、大事な部分だけを隠しているような状態で出てきたのだ。
何で二人なんだろう?
二人いるんだったらもっと抵抗すればいいのに。
この狭いベッドの下にどうやって二人も入っていたんだ?
まだまだ疑問は出てくるのだけれど、怯える二人を見ていると叫ばれたりしたらどうしようという気持ちになってきた。
何か着せた方が良いのかもしれないが、こんな得体のしれない女に俺の服を着せるのは何となく嫌だ。ずっとベッドの下にいたのだとしたら汚れているだろうし、気持ち悪い。
「いきなり人の腕を踏みつけるなんておかしいよ。それも、抵抗できないように力を入れるとか最悪なんだけど」
「ベッドの下に隠れてる方が最悪だと思うけど。ってか、どうやってそこに侵入したの?」
「どうやってって言われても、ベッドの下に転送ゲートを開いただけだし。そんな事より、ちゃんと規約通りに登録後一時間以内に寝てくれなきゃダメじゃない。ずっと待ってたのに一向に寝る気配はないし、あんな狭いところに二人でいるなんて本当に最悪だよ」
「だからいったん戻ろうって言ったのに。これだったら普通にペナルティ貰っても変わらなかったよ」
「駄目よ。一度でもペナルティが付いたら次がないんだよ。私たちは伝説にならなくちゃいけないんだから」
急に揉めだした二人に危機感を覚えた俺は怪しい女二人を撮影しようとしたのだけれど、不思議なことに声は映像に残っているのに姿は記録されていないようだ。スマホは音声を認識しているのに二人の姿をとらえることは出来ていない。試しに俺の方にカメラを向けるとちゃんと映って入るのだが、この二人を映像として記録することは出来ないようだ。
「ちょっと、撮影するならそういう契約結んでからにしてよ。タダで記録に残そうとかしたらダメだよ」
「そうだよ。私たちは結構有名なんだからね。ほら、君はさっさとベッドに寝なさいって」
二人がかりで俺をベッドに寝かせようとしたのだろうが、俺が少し抵抗するようなそぶりを見せただけで二人の動きは止まった。俺が手首を踏んで動けなくしたことがトラウマになっているのか、二人は俺の足が届かない距離を常にとっている。
ちょっと踏み込めば俺の足が二人に届いて動きを止めることくらいはできると思うのだけれど、叫ばれてしまっては俺の身が危ない。この状況を見られてしまってはどんなことを言ってもごまかせないだろう。
俺をベッドに寝かせたい二人と何となくそれを避けたい俺。
転送ゲートなんて聞いたことのない単語を使ってこの部屋に侵入してきた二人に従うのは良くない気がするし、そんな技術を持った二人に警戒するのは当然だろう。
でも、契約を結んだって言っていたような気がする。
俺が最近結んだ契約と言えば、サキュバスに会うという契約しかない。
もしかして、この二人がサキュバスということなのだろうか?
「あの、つかぬ事をうかがいますが、お二人はサキュバスですか?」
「そうよ。わかってもらえたなら抵抗しないでもらえるかな?」
「ちょっと怖いから自分で横になってもらっていい?」
「そうだったのか。じゃあ、安心して横になれるね」
と口では言いつつも、俺は二人のことを完全に信用したわけではないので少し距離を開けてからじりじりと間合いを詰めている。
その行動にいったいどんな意味があるのか俺にもわからないが、警戒している二人を牽制することは出来たようだ。牽制しても意味なんて無いのかもしれないが、一方的にやられないようにしておくのも必要な事だろう。
「もう、言うこと聞いてくれないならこっちにも考えがあるんだからね」
「こんなのは良くないって思うんだけど仕方ないよ。君が悪いんだからね」
二人のことをじっと見ていた俺は急に現れた第三者に羽交い絞めにされて身動きが取れなくなってしまった。
全身を包み込むような柔らかく温かい感触は思いのほか心地よく、少しだけ眠くなってきていた。
「無理しなくていいよ」
「身も心もゆだねていいんだからね」




