第五十二話 別の世界に別の俺がいるらしい
前田がいないことを確信した後に俺が命を絶つと自動的に前田のいる世界に移動出来ていたのに、今俺が命を絶っても前田のいる世界に移動することは出来ないらしい。なぜ移動出来ないのかと聞いてみたところ、前田のいる世界にはすでに俺が存在しているからだそうだ。
全く持って意味が分からないのだが、同じ世界に同じ人間は二人存在してはいけないという厳格な決まりがあるということで、前田がいる世界に俺が移動することは不可能だという。
仮に、俺が今この場で命を絶ったとしても移動は出来ないのだが、前田が俺のいない世界に移動したときにはすぐにその世界に移動することが出来るそうだ。それなら問題はないのではないかと思ったのだけれど、俺と前田の生きている時間がズレてしまうのでその次の移動では俺の知っている前田と違う前田のいる世界になってしまう可能性が高くなってしまうという。
数えきれないくらいたくさんある世界の中にも前田は何人かいるようなのだが、俺の知っている前田とは全員性格が違うという。俺の知っている前田とは似ているだけの他人だと言っても気にしなければ問題ないのかもしれないが、人気者の前田がいたとしたら複雑な心境になってしまいそうだ。
前田は俺以外に好かれる必要なんてないんだから。
「で、俺が前田のいるところに行くにはどうしたらいいわけ?」
「君は本当に人の話を聞いていたのかな。前田が今の世界から別の世界に移動すればいいだけの話なんだよ」
「そうは言うけどさ、その移動した先の世界にも別の俺がいたとしたら俺はそこに行けないわけだよね?」
「その辺の理解が早くて助かるんだけど、それについては心配いらないよ。もう一人の君はあの世界から移動することが出来ないから。移動することが出来ない代わりに絶対的な力を手に入れてるんだよね。それこそ、世界を支配することが出来るくらいの凄い力を持ってるんだよ。君とは違って完全に武力だけを極めてるって感じの人なんだよ」
「じゃあ、その俺が前田を呼んだってことなのか?」
「そうじゃないんだよ。前田があの世界に移動したのは完全にたまたま偶然なんだ。と言っても、前田が移動すればするだけあの世界に行ってしまう可能性が高くなってるのは事実なんだけど、本来であれば君たちの時間で二百年分くらいの猶予はあったはずなんだよね。それにもかかわらず、なぜか今までにないくらい大きな変化を起こしたみたいでその代償で前田があっちの君に吸い寄せられたんじゃないかって噂になってるんだ」
いったいどこでそんな噂が流れているのか気になりはするのだが、今はそんなことを気にしている時間はない。大切なのは、俺がどうやったら前田のいる世界に移動することが出来るのかということだけだ。それ以外はどうでもいい。
別の世界にいる俺も前田のことを必要としているのかもしれないが、そんなこともどうでもいい。俺の方が前田と一緒にいる時間が長いんだし、あとから勝手に攫っていくような真似はやめていただきたい。
「ちなみになんだけど、今のまま黙って待ってても前田が別の世界に移動する可能性はかなり低いみたいだよ。例えるのなら、富士山の頂上で三輪自動車にはねられるくらいの確率だろうね」
「そんな事態になることなんて無いだろ。富士山の頂上に車が登れるのか知らないけど、ありえない話だ」
「そうそう、そういうことなんだよ。今のままでは前田はあの世界から移動することは出来ないんだ。どうしてだろうと君は疑問に思ってるよね?」
「ああ、もちろん疑問に思ってるよ。話を聞いているとちょっとしたことでも世界を移動していた前田が一切移動する気配を見せないというのもきになるし」
「君が望むので答えを教えるんだけど、私のことを恨んだりしないでくれよ。私は今回の事にも今までの事にも深く関わるつもりなんて無いし、これから先のことに関してもできるだけ関わらないように気を付けているからね。ただ、今回ばかりは君たち二人にとってとても大きな問題になりそうだから助言をしに来ただけなんだ。だから、私に解決してもらおうなんて思っちゃダメだよ」
助けてもらえるのであれば力を借りたいところではあるが、力を借りたところで俺に出来ることなんて無いのかもしれないと思い始めていた。
こことよく似た別の世界があるのは何となく感じていたし、話を聞いて信じてみたいという気持ちになっている。
「俺が出来ることって何かあったりするのかな?」
「ほとんどないと言ってもいいと思う。別の世界に影響を与えられるほど君の力は成熟していないし、影響を与えるだけの力があったとしても向こうの世界の君がそれを拒むだろうね。だから、君が出来ることなんてこれと言って何もないんだ。そうは言ってもね、君以外にということだったらあっちの世界に影響を与えることが出来る人もいるんだよ」
「それって、いったいどこの誰なんだ?」
「まあまあ、そう焦らずに落ち着いてくれたまえ。厳密に言うと人ではないんだけど、人ではないからこそ他の世界に影響を与えることが出来るというものなんだ。そいつに会うために必要な条件を君は満たしてはいない。でも、そんなことを言ったって君はどうにかしたいと思っているだろう。だからね、そいつらに会うために必要な儀式を君にやってもらおうということさ」
「必要な儀式って、簡単に出来ることなのか」
「もちろん、君なら簡単だと思うよ。だって、大人になってもらえばいいだけだからね」




