第四話 金髪の天使
麻奈ちゃんに告白するタイミングを完全に失ったのに気が付いたのはイザベラちゃんが教室にやってきてからだった。あいつはまだ来ないと思ってタイミングを見計らっていたことも悪かったのだが、あいつ以外にもこの教室に誰かがやってくる可能性があったことを見落としていたことが一番大きな見落としであった。
「あれ、麻奈ちゃんと前田君の二人だけって珍しい組み合わせだね。」
「二人だけって言ってもさ、あたしはまー君を待ってるだけだし。あいつが空気読んでくれたらそれでいいのにね」
「そんな言い方はよくないよ。麻奈ちゃんはもっとニコニコしてた方が可愛いんだから、もっと笑わないとだめだよ」
「ちょっとやめてよ、くすぐって無理やり笑わせようとしないでって。そんなことしなくてもイザベラちゃんには真顔なんて見せないから。だから、その手つきはやめてよ」
「私だけじゃなくて、前田君にも麻奈ちゃんの可愛い笑顔を見せてあげればいいのに。その方が前田君も喜ぶと思うんだけどな」
俺はいったいどんなリアクションをとればいいのかわからず黙って二人のやり取りを見ていたのだけれど、急に二人して俺の方を向いてきたので驚いて固まってしまった。せっかくイザベラちゃんが助け舟を出してくれていたのに何の行動もとれなかったのも悔やまれるが、いつものように満点の笑顔で俺を見ているイザベラちゃんと信じられないくらい真顔な麻奈ちゃんの対比は同じものを見ているとは思えなかった。まあ、二人が見ている対象が俺だということを思えば、イザベラちゃんの反応の方がおかしいんだろうとは思うのだが。
イザベラちゃんは麻奈ちゃんとはまた違ったタイプのかわいらしい女の子で、限りなく白に近い金色の髪が美しい。性格も明るく誰とでもすぐに打ち解けることができる能力があるのか、俺と何のためらいもなく話してくれる唯一の女子である。見た目が良いだけでなくその人柄の良さもあいまって学園のアイドルといってもいいような人気を誇っているのだ。同級生はもちろん、上級生や下級生からも告白されることが多々あり、噂ではとある教師からも告白されたという話もあるのだ。
そんなイザベラちゃんは特定の誰かと付き合うつもりがないのか、誰の告白にもこたえることはなく彼氏を作る気配は一切感じさせなかった。それがこの学校の七不思議の一つとして語られているのはどうなんだろうと個人的には感じていた。
「ねえねえ、麻奈ちゃんは前田君と二人っきりで今までどんな話をしてた?」
「別に話なんてしてないけど。あいつだけまー君から連絡がきてズルいって話はしたかもしれない」
「したかもしれないって、自分のことなのに曖昧だよ。ほんの数分前のことなのに覚えてないなんて、麻奈ちゃんちょっと変だよ」
「別に変なことないと思うけど。だって、あたしはあの人に全然興味ないから。まー君のことをなんか言ってたなってのは覚えてるけど、それ以外は何にも覚えてないよ。ずっとスマホ見てたし」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、前田君がずっと真剣な顔で麻奈ちゃんのことを見てたのも気が付いてなかったってことなのかな?」
再び二人同時に俺のことを見てきた。先ほどと違って麻奈ちゃんは真顔ではなく驚いたような顔になっていたし、イザベラちゃんはいつもの笑顔とは少し違う何とも形容しがたい笑顔であった。実際はどう考えているのかはわからないけれど、その笑顔は何か悪いことを企んでいるような不気味さが感じられていた。
「ちょっとやめてよ。そんな怖いこと言わないでって。あたしホラーとか苦手なんだけど」
「別にホラーじゃないと思うけど。麻奈ちゃんっていろんな人に告白されてるんだし、そういう風に見られるのって慣れてるでしょ?」
「そういう言い方やめてよ。それにさ、そんなこと言ってるイザベラちゃんだっていろんな人から告白されてるでしょ。あたしより絶対にモテてるよね?」
「どうだろう。私に対する告白と麻奈ちゃんに対する告白は思いが全然違うんじゃないかなって思うよ。ほら、私には挨拶するような軽い気持ちで告白する人多いし、資料室からここに来るまでの間にも軽い感じで告白されたもん。誰も私のことを真剣に愛してくれるわけないからね」
「完全にモテ自慢でしょ。他の子が聞いたら嫉妬されちゃうよ。あの人だって引いてるんじゃない?」
二人が俺のことを見るのは今回で三度目だが、何度見られても慣れるということはない。二人の会話を聞いていて別世界の住人だなと思うことはあったが、あまりにも違う世界の話のように聞こえていたので全く現実感がなくぼーっとしていたかもしれない。あまり変な顔ではなかったと思うのだけど、二人の表情が少しだけ曇ったように見えたので自分では気づかなかっただけで俺は変な顔になっていたのかもしれないな。
「でも、前田君が麻奈ちゃんに告白したらどうする?」
「え、冗談でもそんなこと言うのは良くないと思うよ。友達として言ってはいけないことってあると思うんだ。そんなあり得ない話をするのはちょっとおかしいんじゃないかな」
「そうかな。私としては、軽い気持ちで告白するのもありなんじゃないかなって思うんだけどね」
二人が俺のことを見たのは四度目になったのだ。
なぜかイザベラちゃんは俺に向かってウインクをしてくれていた。
それがいったいどういう意味を持っているのか、俺には理解することができなかった。




