第三十四話 見えそうな乳首
ベッドから降りない二人とソファから降りない俺。
俺には適切な距離だと思えるのだが、二人はもっと近くに寄れとでも言いたいのか俺に向かって手招きをしている。その誘惑に負けそうになりつつも、俺は固い意志でこの場を死守していた。
「そんなに離れてたら間違って教えちゃうかもしれないよ。私も愛華ちゃんも近くにいてくれた方が嬉しいんだけどな。遠くにいると、ちょっと寂しいんだけど」
「でも、俺はこれくらいの距離の方が良いと思うんだ。同じベッドに座るのって良くないと思うし」
「座るのがダメだったら一緒に寝たらいいんじゃないかな。この部屋にはベッドが一つしかないわけだし、どうせ一緒に寝るんだから早いか遅いかだけの違いでしかないでしょ?」
「それなら俺はここで寝るから大丈夫だよ」
「駄目よ。ソファで寝たら疲れ取れないでしょ。明日から過酷な修行が待ってるんだから少しでも体を休めなきゃだめだから」
過酷な修行なんて聞いてないぞと思いつつも、この世界のまー君の願いを聞くためにはそんなこともあるんだろうなとは思っていた。ただ、俺が修行したところで何かの役に立てるとは思えないんだけど、俺に秘められた力でもあるというのだろうか?
麻奈ちゃんとイザベラちゃんよりもすごい力が俺にあるとでもいうのだろうか?
そんなことを考えつつも、俺は二人のいるベッドに行くことは出来なかった。
本音を言えば今すぐにでも二人の間に入りたいと思っている。でも、それをすることで麻奈ちゃんに対する真剣な気持ちが鈍ってしまうのではないかという恐れもある。ただでさえイザベラちゃんが気になっている状況なのに、これ以上麻奈ちゃんに対して不義理を働くなんて許されないだろう。
「あなたが何をそんなに気にしているのかわからないけど、私たちはあなたの助けになれればいいなって思ってるだけだよ」
「あくまでも健全に助けたいってだけだから。ほら、こっちにおいで」
二人の姿を見て健全に助けるということを信じる人間が何人くらいいるだろう。どこからどう見ても健全ではない二人がベッドで手招きしている。本当に健全だというのであれば服をちゃんと着てほしいと思うのだが、ちらっと見てみるとさっきよりも下着がズレているように見える。
じっくり見てはだめだと思いつつも、一時になってしまったら目をそらすことが難しい。俺の気のせいなのか確かめた方が良いのか、それとも直接伝えた方が良いのか。俺には判断が出来ない。
というよりも、二人ともズレて見えそうになっているなんて偶然があるだろうか?
そんな偶然はないだろう。
ということは、確実に俺を狙ったトラップだということになる。
俺でなければこのトラップに完全に引っかかっていたな。麻奈ちゃんに対するまっすぐな気持ちがある俺でよかった。そう思っていた。
「ン、さっきからチラチラ何を見てるのかな?」
「そうね。何か視線が胸の方に言っているように見えるんだけど、やっぱり男の子だから気になっちゃうのかな?」
「私の形の良い綺麗な張りのあるオッパイは見とれちゃうよね。でも、愛華ちゃんのはオッパイって言って良いのか迷っちゃうよね」
「それってどういう意味かな?」
「別に深い意味はないんだけど、綺麗な平面だなって思っただけだよ。なだらかな曲線?でイイなって思って」
「そういう言い方は良くないと思うよ。ねえゆきのちゃん、今の私は本来の私の姿じゃないって知ってて言ってるよね?」
「知ってるけど、誇張されるにしてもちょっと悲壮感が漂っているなって思ったよ。それに、本来の愛華ちゃんの姿って言っても、今とそんなに変わらないような気もするんだけど。私の気のせいだったかな?」
「微妙に違うんだけど」
ちょっと視線を落としただけで危険なことになるということを学んだ。
本来の姿とは違うということは、俺や麻奈ちゃんたちと同じようにゆきのさんと愛華さんも他の世界からやってきたということなのだろうか?
俺は鏡を見ても自分の姿が変わっているとは思わなかったし、麻奈ちゃんもイザベラちゃんも俺が知っている二人の姿のままだった。性格はちょっと変わっていたけれど、それは良い方向に変化していたので良しとしよう。
でも、俺の知っているあいつとこの世界のまー君は全く別の姿で性格も全然違っている。
そう考えると、何か法則性でもあるのだろうか?
俺が好きな人が一緒にこの世界にやってきているということ以外に何か特別な法則性もありそうだが、今のところそれが何なのか見当もつかない。何かわかったとしても、今の俺には関係ない事だろう。
「あ、ちょっと大変かも。愛華ちゃんのぶかぶかのブラから乳首が見えそうになってるよ。もしかしたら、それを見ようとしてたのかもしれないね」
「最悪。そんなことになってるなら早く言ってよ。って、ゆきのちゃんもブラがズレて乳首見えそうになってるんだけど。大きく見せようとしてサイズを落としてるからそんなことになるんだよ。ほら、完全に見えそうになっちゃってるって」
なぜか二人は俺をチラチラ見ながら言い合いをしていたのだが、その様子はどこか嬉しそうに見えていた。
俺の気のせいだとは思うんだけど、どこか嬉しそうなのは間違いないような気がしていた。
やっぱり、俺はこの場を動かない方が良い。
そう思えた。




