第三十話 この世界のまー君
髪の色以外で見分けるのが困難かと思われたのだが、実際に接してみると麻奈とうまなもイザベラとイザーも見分けがつくものだと感じていた。話し方だけではなく前田に対する接し方が全然違うので少しでも動いていると見分けがつくのであった。
「みんなおなか一杯になったってことで、これから君たちにやってもらいたいことをまー君から説明してもらいます。まー君はいろいろと忙しい人なんで、今日を逃したら次に説明してもらえるのが来月の終わりくらいになっちゃうと思うんだ。だから、わからないことがあったら何回でも聞いてくれていいからね」
「二人とも頭が良いと思うからすぐに理解できると思うんだけど、もしもわからないことがあったら遠慮なく言ってね」
普通の家の三倍くらいは高さのある扉を音もなくゆっくりと開けると、ひんやりとした空気が前田たちの横を駆け抜けていった。前田たち三人は思わず身構えていたのだがうまなとイザーは何事もなかったかのように部屋の中へと入っていき、前田たち三人にも中に入るようにと促していた。
逆光になっているのでハッキリと顔を見ることは出来ないのだが、先ほど話をしていたこの世界のまー君だということは前田には理解出来ていた。麻奈とイザベラは何となく自分たちが知っているまー君ではないということはわかるけど本当はまー君だという思いも少なからず持っていた。
ただ、その思いは完全に裏切られることとなる。
「ようこそ、君たち二人がこの世界にやってきたことは計算外だったが、せっかくこの世界にやってきたのだから楽しんでくれたまえ。もちろん、死なないということが前提だがな」
自分たちの知っているまー君が絶対に言わないようなことを言ってしまった事で麻奈とイザベラはこいつはまー君ではないと思った。
一度そう思ってしまった二人の意志は固く、淡い期待も持たずに軽くため息をついてから前田を睨んでいた。前田も思わず目をそらそうとしたのだが、なぜかイザベラがしつこく何度も前田と目を合わせていた。
「ねえ、あの人誰なの?」
「あんたはあれが誰か知ってるんでしょ?」
麻奈とイザベラは不機嫌な感じで前田に尋ねていたのだが、小声ではなく全員に聞こえるような声量だった。戸惑っているというよりも怒っているといった方が正しい感じはしたのだけれど、前田以外はそのことについて何とも思っていなかった。
この場でただ一人、前田だけがそんなことを言うなよといった感じで胃を痛めていた。
「誰って言われても、あそこに座っているのはこの世界のまー君らしいよ」
「らしいってどういうことよ。あんたはアレをまー君だって認めるってこと?」
「あんなのあたしの知ってるまー君じゃないでしょ。いったい何なのよ?」
二人から詰められるのは決して良いことではないはずなのだが、前田は二人が自分のことをちゃんとまっすぐに見てくれているという事実が少しだけ嬉しかった。こんなに近い距離で麻奈が自分のことを見てくれているというのは前田にとって人生の絶頂期なのではないかと勘違いしてしまう程だった。
もちろん、イザベラに見つめられるのも嬉しいとは思っていた。
「ねえ、あたしのまー君はどこにいるの?」
「私のまー君はどこ?」
この世界のまー君を完全に無視している二人は前田に掴みかかろうとしているのだが、それを制したのはうまなとイザーだった。
「ちょっとちょっと、そんなに興奮しないで落ち着いて。あなたたち二人には私たちからお願いがあるんだよ。とりあえず、まー君の話を聞いてみて」
「そんなこと言われても、あれはあたしの知ってるまー君じゃないんだけど」
「私のまー君じゃないんだけど」
「確かに、あのまー君は二人の知ってるまー君とは全然違う人だけど、それでもいいから話だけでも聞いてよ。ね、話を聞くだけでもいいから。少しだけでも聞いてくれたらいいから」
「あなたたちの知ってるまー君とは本当に何もかも違うけど、こっちのまー君だっていい男なんだよ。ほら、よく見てみたらいい男でしょ?」
少しだけ落ち着いた二人はうまなとイザーに促されるままにまー君のことを見ていたのだが、相変わらず逆行が強くて顔をハッキリと見ることは出来ない。
自然とにらみつけるような顔になってしまった二人とそれに気付いたまー君がお互いに距離を詰めると、ぼんやりと表情が見えるようになっていた。
「やっぱり全然違うじゃない。こんなのまー君じゃない」
「そうよそうよ。私の知ってるまー君はどこなの? ねえ、どこにいるの?」
まー君が何か言おうとするタイミングで麻奈とイザベラは叫びだしていた。言葉を発するタイミングを掴めないまー君は二人からそっと離れて前田のすぐそばまでやってきた。
何を言われるのかと身構える前田であったが、まー君は小さな声で前田に話しかけていた。
「なあ、なんかこの二人怖いんだけど。戦っても負けるつもりはないんだけど、なんか最終的には勝てなさそうな気がするんだよな。こいつらって、強かったりする?」
「強いとかはわからないよ。こっちの世界と違って俺がいた世界は日常的に戦いとかはなかったし。でも、この二人はどんな事にもすぐに順応するんじゃないかって思うよ。別の世界に来てたこともすぐに受け入れてたし」
「何となくだけど、この二人に戦闘技術を教えるのは危険なような気がしてきた」
相変わらずわめき続ける麻奈とイザベラ。
麻奈があんな感じで怒るのは納得できたけれど、イザベラまであんなふうに怒るとは前田も驚いていた。




