第二十九話 食後のお話
デザートまで堪能した麻奈とイザベラは空になったグラスに水を注ごうと思ったのだが、どこにも水がなくて困っていた。
先ほどまで勝手に運ばれてきた肉や野菜、最後に出てきた濃厚なパフェと違って飲み物は自分で冷蔵ケースに取りに行っていたのだが、今思い出してみるとどこにも飲み水がなかった。ジュースやアルコールっぽい飲み物はふんだんに用意されていたのだが、お茶や水はどこにもなかった。
濃厚なチョコレートパフェを食べた後なので口の中をスッキリさせたいという思いが強く、先ほどまで飲んでいたジュースではなくお水かお茶が飲みたい。でも、ここには味のついた飲み物しか存在していないのである。
「ここらで一杯、熱いお茶などいかがですか?」
「よろしければお口直しのお饅頭もありますよ」
いつの間にか部屋の中に現れたうまなとイザーに驚いた麻奈とイザベラであった。
二人が急に表れてお茶とお饅頭をすすめてきたことにも驚いたのだが、それ以上に驚いたのは二人の姿が鏡に映した自分にそっくりだということだ。目と髪の色は違うのだが、身長も髪の長さも声も全て自分と瓜二つな二人を見て驚いていたのだ。
前田だけがうまなとイザーが落語から持ってきたダジャレを言っていることに気付いたのだが、麻奈とイザベラはそんなことには気付かなかった。落語に興味が女子高生が気付くというのも無理な話である。当然、うまなもイザーもそんなことはわかっていたのでスルーされても問題なかったのだが、前田だけがソワソワしていた。
それを見た麻奈とイザベラは少しだけ不愉快な気持ちになったのだが、うまなとイザーも二人ほどではないにしても少しだけイラっとしてしまった。
「冗談は置いといて、お食事はお口にあったかな?」
「凄い美味しかったです。今まで食べた焼肉の中で一番美味しかったといってもいいくらい美味しかったです」
「あたしもここまで美味しいお肉を食べたの初めてだったかも。焼き加減もなんだかちょうど好みの感じになってたし、すごく美味しかったです。ただ……」
何かを言いたげな麻奈は一瞬だけ前田を見てすぐに視線をうまなとイザーに戻していた。それを見ていたイザベラも麻奈と同じように視線を動かしていたのだが、それに気付いた前田は少し気まずそうにうつむいてしまった。
「あの人がいなければもっと美味しかったんじゃないかなって思って」
「……。私は別に……」
麻奈は前田を視界に入れないように完全に背を向けていたのだが、イザベラは少しだけ気にするように横目で前田をチラチラとみていた。もちろん前田はそんな二人の様子に気付いてはいたのだが、いつもの事なので特に何も気にせずにいた。
ただ、少しだけ寂しい気持ちになってはいた。
「まあまあ、そんなに寂しいこと言わないでよ。これから君たちには仲良くしてもらわないと困るんだから」
「そうそう、君たち三人にはこの世界のために頑張ってもらわないといけないんだよ。だから、仲良くしてほしいな」
事前に話をある程度聞いていた前田もいまだに驚いてしまうような状況なのだが、どういうわけか麻奈とイザベラはすぐにうまなとイザーの話を受け入れていた。
多少は疑問もあるのだろうけど、すんなりと受け入れているように見えるのは前田には意外に思えた。
「この世界のため……か。うん、私たちに出来ることなら何とかしてみるよ」
「そうだね。今のあたしたちに出来ることならなんだってやらないとね」
「随分と飲み込みが早いんだね。もう少し悩むのかと思ってたよ。そこまであっさりと受け入れられるとは思ってなかった」
「もう少し色々と説明しないといけないかなって思ってたんだけど、大丈夫そうだね。でも、どうしてそんなに簡単に私たちの話を受け入れることが出来たの?」
麻奈とイザベラはお互いに顔を見合わせて一度うなずくと、そのまま視線をうまなとイザーに向けて思っていることを口にした。
「私たちに似てるあなたたちに言われたら信じるしかないでしょ。それに、ご飯も美味しかったし」
「あたしらに似てる人がいるってことは、まー君に似てる人もいるってことだもんね。それだったら、まー君もこの世界にいるってことでしょ?」
「えっと、この世界にもまー君はいるんだけど、あなたたちの知っているまー君とは別の人なんだよね。この世界のまー君はあなたたちの世界にいた勇者とは真逆の存在というか」
「あなたたちの知っているまー君はこの世界にはいないんだよね。だって、この世界に連れてきちゃうと、私たちもとんでもない目に遭っちゃうことになっちゃうから」
「でも、さっきあなたたちはまー君と一緒にいたんでしょ?」
思わぬ反撃にうまなとイザーはたじろいでしまった。相変わらず前田は我関せずといった感じで見ていたのだが、四人が同時に前田の方へ顔を向けたことで驚いた。持っていたジュースを落としそうになったのだが、何事もなかったかのようにテーブルに置くとそっと席を立って四人の方へと歩いて行った。
「俺にはあいつがこの世界にいるのかなんて知らないけど、どこかにいるんじゃないかって気はしている。って言っても、俺の気のせいかもしれないけどね」
麻奈とイザベラは前田から視線をそらしながらも少し嬉しそうな顔をしていた。
うまなとイザーは前田の言っていることを信じられないといった顔で見つめていた。




