第二話 沈黙と静寂
「ねえ、まー君から連絡きたの?」
「うん、もう少しかかりそうなんだって」
「そっか、別にあたしに連絡くれてもよかったのにね。さっき送ったのにも既読ついてないし」
「あいつも今は忙しいから仕方ないよ。俺のメッセージを先に見ただけなんじゃないかな」
「そうかもね。タイミングミスったかも」
「なんかごめん」
「まったくだわ。次から気を付けて」
相変わらず麻奈ちゃんはこちらを見ようともしなかったけれど、さっきよりは少しだけ会話が弾んだと思う。
頭の中で繰り返しシミュレーションしていた俺であればもう少し気の利いた返答もできたのかもしれないが、二回目であればこれで十分だろう。急いで結果を求めようとしても成功するとは限らないのだ。余計なことを言ってしまって俺の努力とほんの少しの勇気が無駄になってしまうことだってあり得るのだ。
今まで何度もそんな経験はしてきたのだから。
もう一度話すきっかけが生まれないかと願ってはいたのだが、そう都合よく物事が進むはずもない。あいつからのメッセージもあれだけで動きはなく、既読も付く気配はなかった。
ため息交じりに何度もスマホを確認している麻奈ちゃんを見ていると俺の心は少しきゅっと苦しくなるのだが、あいつから連絡がきていないことがかわいそうだと思っているのかもしれない。顔も性格も何もかもが人よりも優れているあいつは誰に対しても平等で特別扱いはしない。
特に、女子に関しては徹底して平等を貫いているのだ。誰かを特別扱いすることもなく、誰かと付き合っているなんてことは一度もなかったのだ。少なくとも、俺が知っている範囲であいつが誰かと付き合っていたという事実はない。
俺はあいつと昔から付き合いがあり、親同士も仲が良い関係である。
俺とあいつが幼馴染だということはみんな知っているので俺とあいつが平等から離れて仲が良いのもみんな納得してくれている。それをわかってない人がいまだに何人かいたりもするのだけれど、そんな時は誰ともなく俺とあいつのことを上手に説明してくれている。きっと、少しでもあいつに好印象を持たれたいという思いがあるからなのだろう。
そんなことをしてもあいつは全く気になんてしていないし、誰も特別扱いなんてすることはない。あいつが誰かをほめているところも見たこともないし、あいつから誰かの話題を出してきたことだってないのだ。
それでも、あいつは顔も性格も何もかも非の打ち所がないくらい素晴らしい。同級生だけではなく上級生にも下級生にあいつのファンはたくさんいるし、教師の中にだってあいつのことを男としてみている人だっているのかもしれない。それくらい、あいつはイイ男なのだ。
それに比べて、俺はテストの点数が取れるだけでそれ以外は並の男子なのだ。もしかしたら並ではなく下の上なのかもしれないけれど、俺は誰に何と言われようとも自分自身で並の男子だと思うことにしている。あいつみたいに特上の一等星にはなれなくても、最下層ではないと自分のことを信じているのだ。本気か冗談かわからないけれど、俺の親ですら我が子よりもあいつのほうが可愛いと幼いころから言っているくらいだから、俺くらいは自分を少し高く評価しても罰は当たらないだろう。
俺と一緒に教室であいつを待っている麻奈ちゃんは男子に対して少し冷たいところはあったりもするけれど、あいつと俺にはそこまで冷たい態度をとることはない。あいつに対して冷たい態度をとるような人はこの世に存在しないと思うのだけど、俺に対して優しくしてくれる女子がいるというのはとてもありがたいことなのである。あいつと仲が良い俺にやさしくしてくれる女子は今までも何人かいたことはあったのだが、麻奈ちゃんのようにいつまでも俺にやさしくしてくれる女子はいなかった。みんないつからか俺に対して冷たくなっていっていたのだ。それでも、麻奈ちゃんは俺にずっと優しく接してくれているのだ。
今まで一度も麻奈ちゃんと二人っきりになることがなかったので、今みたいに沈黙が続いている状況では俺のことを一切見ようともせずスマホを見ている麻奈ちゃんが優しいとは思えないかもしれないけれど、ほかの女子であれば俺と二人っきりになった瞬間に教室を出て行っていてもおかしくはないのだ。
だから、麻奈ちゃんは俺に対しても優しくしてくれていると言ってもいいのだ。何かをしてくれることだけが優しさなのではなく、何もしないということも優しさの一つだと俺は思っている。
相変わらず俺のスマホは沈黙を守っているのだが、麻奈ちゃんのスマホは時々誰かから連絡がきているようで忙しげに指を動かしているのが見えた。
この角度からはもちろん画面が見えないので誰とやり取りをしているのかはわからないけれど、あの感じだとあいつからはまだ連絡がきていないというのだけは理解できた。
俺のスマホに届くメッセージは親とあいつくらいしかいない。忙しくしているあいつはまだ俺の送ったメッセージを見ていないようなのだが、スマホを見ていた俺が視線を上げると麻奈ちゃんがこちらを見ているのに気が付いた。
何も言ってこないし目も合わないのだけれど、今まで一切俺のほうを向かなかった麻奈ちゃんが俺のことを見ていたというのは何かきっかけの一つになるのかもしれない。
そう思ってしまった。
時計の針は相変わらず同じ速度で進んでいるのだが、俺にはその速さが少しだけゆっくりに感じていた。




