第二十六話 再会
別室で食事の用意が整っているという案内に従って薄気味悪い廊下を歩いているのだが、その別室というのがどこにあるのか全く見当もつかない。見当がつかないというよりも、たくさんある扉のどれが正解なのか俺にはわからない。
一応表札のようなものもかかってはいるのだけれど、残念なことに俺の知らない言語か記号で書かれているのでどういう意味なのか理解することが出来ない。日本語でも英語でもない未知の言語なので俺にはさっぱり理解出来なかった。
「お前ならちゃんと正解がわかると思うよ」
なんて気軽に言ってくれたのを信じて廊下に出てみたものの、表札以外に違いのない扉を見てどこが食堂なのかなんて当てることは出来ないだろう。ここに何度か来たことがあるのなら理解できるかもしれないけれど、俺はここはおろかこの世界に来たのだって初めてなのだ。
そんな俺に正解がわかるはずもない。
そう思ってはいたのだが、歩いているとどこからか食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
家族で何度か食べに行ったあの焼き肉屋の近くに行ったときに嗅いだ匂い。それと同じような匂いがどこから出ているのかわかれば正解にたどり着ける。そう信じて俺はゆっくりと一部屋一部屋の匂いを外から感じていたのだが、なかなか目的の場所までたどり着けなかった。
どこか別の場所から漏れている匂いなのかと若干疑心暗鬼になりかけたのだが、もう少し先まで歩いて確かめてみようと思った俺の目に飛び込んできたのは、扉の隙間から煙が少しだけ漏れ出ているところだった。
かすかに漏れる煙は注意して見なければ見落としてしまいそうな気もしたのだが、近くに行ってみると案外わかりやすく煙が漏れ出ていた。もしかしたら火事なのかもしれないと思ってしまうような感じなのだが、炭火に甘めのタレが落ちているような食欲をそそるいい香りと楽しそうな話声が聞こえてきた。
ほんの少しだけ躊躇したのも事実だが、俺は食欲に負けて扉を開けていた。ノックもせずに勢いよく開けたことで煙が一気に俺の方へと流れ出てきたのだが、おいしそうな臭いに包まれてしまうというのも案外悪い感じはしなかった。
とは言いつつも、いきなり煙に包まれたことで目は痛くなるし咳きこんでしまうしで中にいるのが誰なのか確認するのが遅れてしまった。
「うわ、最悪。なんでこいつなんだよ」
「まあまあいいじゃない。誰も知らないこの世界でやっと知ってる人に出会ったんだから。さっきまでいた悪魔みたいな人よりはいいと思うよ」
「どうだろう。こいつだったらまだ悪魔と一緒にいる方がマシかもしれないよ。こいつじゃなくてまー君がきてくれたらよかったのにね」
「そんなこと言わないの。前田君だって一人で寂しい思いをしてたかもしれないでしょ?」
「そんなことないでしょ。こいつが一人でいることを寂しいなんて思うはずがないよ。だって、まー君がいなかったら結局一人なんだし、違う世界に行ったって何も変わらないでしょ」
俺はあいつがいなければ一人なのは間違いないのだけど、それはさすがに言いすぎじゃないかとは思った。事実とはいえ、直接面と向かって言われると心に何かが刺さってしまったように感じていた。
煙の猛攻にも慣れてきて誰がいるのかはっきりと確認することが出来たのだが、その前から声を聴いただけでも誰かはわかっていた。
辛らつな言葉で俺の心をえぐる麻奈ちゃんとそれをたしなめてくれるイザベラちゃん。
先ほどまで一緒にいた麻奈ちゃんとイザベラちゃんのそっくりさんとは違う俺が知っている本物の麻奈ちゃんとイザベラちゃんが楽しそうに焼き肉を食べている。正確に言うのであれば、俺が来るまでは楽しそうにしていたんじゃないかと思わされるということになるのだが。
「っていうか、そんなところに立ってないであんたも焼き肉食べたらいいんじゃない?」
「そうよそうよ。ほら、私たちの隣に前田君の分の焼肉も用意されているんだよ。ここの焼肉って今まで食べてきたどこのお店よりも美味しいんだから、前田君も早く食べた方がいいよ」
「まあ、これだけ美味しいものを残すなんてもったいないし、何よりも作ってくれた人に対して失礼だからね。あんたがここに来たってことはあんたにも食べる権利があるってことなんだし、さっさと食べなよ」
「麻奈ちゃんも優しいところがあるんだね。ちょっと意外かも」
「あたしはいつも優しいでしょ。イザベラちゃんに嫌がる事とかしたことないし」
「そうじゃなくて、前田君に対して優しくするのって意外だなって思って。何かあったの?」
何かあったのと聞かれると、俺が麻奈ちゃんに告白したことくらいしかない。
それ以外に俺と麻奈ちゃんの接点なんて何一つないのだ。
告白したことが唯一の接点というのもおかしな気はするが、麻奈ちゃんが俺と一対一で会話をしてくれたことがないのも事実なのだから仕方ない。
というより、俺が告白したのにもかかわらず優しくしてくれるということは、OKしてくれたということなのではないか。
いや、きっとそうだ。
そうに違いない。
そう確信した俺は麻奈ちゃんの隣に座ろうと椅子を引いたのだが、そんな俺のことを麻奈ちゃんは今までに見たこともないくらい冷たいまなざしで見つめてきた。
顔を見てくれるということは少しはチャンスがあるということなのかもしれない。
「いや、そこじゃなくてあんたの席はあっちなんだけど。あたしの隣に座ろうとするのやめてもらえるかな。一緒にご飯食べて打ち解けてまた告白とかされたらたまんないし」
チャンスなんて無かった。
それに、なぜか俺が告白したことを覚えている。無かったことにしたはずなのに、どうして麻奈ちゃんはそんなことを覚えているのだろう?
俺は考えても無駄だと思い、美味しい焼肉に舌鼓を打った。




