第二十五話 最後の晩餐
勇者は魔王がいるから存在していると思っていた時期があった。
それこそ、ゲームや物語の中だけに存在するものだと思っていたのだが、俺が思っていたよりも勇者が生まれる条件というのは緩いらしい。世界に滅亡の危機でもやってきたときに勇者が活躍モノだと相場が決まっていそうなものだが、俺がいた世界で戦争や紛争は頻繁にあったものの、世界が滅亡するような危機はなかったような気がする。
だが、この世界の魔王達をも圧倒してしまうような物凄い勇者が誕生していたそうだ。
「つまりだ。お前が気軽に何度も何度もズルをしてしまったせいで、世界のバランスが崩れてしまっていたんだよ。お前が住んでいた星にある国の数よりも多くの魔王がいるこの世界の勇者よりもお前が住んでいた魔王が一人もいない世界の方が有能な勇者が誕生していたってことなんだ。それって、世界がそれだけお前のことを脅威に感じてたってことなんだからな。それほどの脅威であるはずのお前がこれっぽっちも世界を征服する気がないってのが勇者を混乱させたんだと思う。いつ何時お前がその気になってもいいように勇者は常にお前のことを監視していたし、お前がその気にならないようにどんな時もお前の味方でいたんだよ。だから、お前の世界の勇者はどんな時でもお前のそばにいたしお前の味方でもあり続けたってわけさ。世界の全てがお前を拒否したとしても、勇者だけはお前を肯定し続けた理由がそこにあるんだよ」
「あいつがいつも俺の味方をしてくれたのって、そういうことだったってこと?」
「ああ、そういうことだ。でも、うまなちゃんとイザーちゃんの話では、お前の世界の勇者は自分が勇者であるという自覚がなく、お前のことを監視しているという意識もなかったそうだ。それがどういうことを意味しているのか俺たちにはわからないし、知るすべもないというわけだがな」
いつどんな時でもあいつが俺のそばにいてくれたのは事実だ。クラス中から嫌われている自覚はあったが、そんな俺をいつもあいつがかばっていてくれたおかげで俺は生きていられたと思う。言葉にも態度にも出したことはないが、俺は心の中のどこかであいつに対して感謝の念を抱いてはいたと思う。
でも、あいつの行動が勇者というシステムによって作られたものだったとしたら。俺が抱いていた感情も作られたものだということになるのだろうか。
いや、そんなことがわかっていたとしても、俺はあいつに多少の感謝の念を抱いてはいたと思う。
さすがに俺だってあんな状況で味方になってくれたあいつを憎むなんてのは無いだろう。例え、あいつの行動が仕組まれたものだったとしても、俺はあいつの行動をおかしいと疑問に思うことはないだろう。
「そんな事よりも、今日はこの世界に来て初日であるしご馳走でも食べて英気を養ってくれ。と言っても、いきなりこの世界の料理を出してもお前の口に合うかはわからないので、うまなちゃんとイザーちゃんにお前がいた世界の料理を再現してもらった。完璧に再現出来たかは俺には判断できないのだが、多少違ったとしても二人の努力に免じて許してやってくれ。明日からはこの世界の料理を食べてもらうことになるのだが、最後の晩餐だと思って楽しんでくれたまえ」
最後の晩餐というのはこの場合は適さないのではないだろうか。
もしかしたら、明日には俺は殺されてしまっているのかもしれない。そう考えると最後の晩餐というのは正しい言葉になってしまうが、出来ることならまだ死にたくはない。
「あの、最後の晩餐って言い方はどうかな。私たちが頑張って再現した料理をほめてくれようとしているのは伝わるんだけど、最後の晩餐って言い方だとあいつが食べる最後のご馳走になっちゃうんじゃないかな?」
「そうだよね。まー君がそうやって私たちの努力を認めてくれるのは嬉しいんだけど、さすがに最後の晩餐って言葉は良くないんじゃないかな。あいつがちょっと委縮しちゃってるし、もしかしたら明日には殺されちゃうんじゃないかって思ってるかもしれないよ」
「え、そうなのか?」
驚いたような顔で俺を見ているまー君の視線を思わず避けてしまった。
先ほどまで感じていた威圧感が無くなったことで視線を交わすことが出来たのだが、ちょっと前とは違って弱気になっているまー君を見ていられなかった。あんなに堂々としていたまー君が二人の美少女から責められたことでこんなに弱々しくなってしまうなんて思いもしなかった。
「いやいやいや、俺がお前を殺させるわけないだろ。お前が死んじゃったら俺の世界から消えちゃんってことだし、そんなことしたら本末転倒だろ。うまなちゃんとイザーちゃんに頼んでやっとここに連れてきてもらったっていうのに、このチャンスを逃すなんて最悪な事なんだからな」
「それはわかってるけどさ、最後の晩餐って言い方はないわ」
「そうだよね。私もそんな風に言われたら勘違いして恐怖心にとらわれちゃうかも」
「でも、でもでもでも、明日からはご馳走なんて食べれなくなるし、こっちの世界の料理しか食べれなくなっちゃうんだよ。豪華な食事は今日が最後なんだし、言い方を変えれば最後の晩餐でも間違ってないし」
「はいはいそうですねそうですね。明日からはこの世界のご飯しか食べれないですからね」
「でも、あいつはこの世界のご飯でも大丈夫でしょ。私たちもあっちの世界で色々食べたけど、あんまりこっちと違わなかったからね。色がちょっと違うくらいで基本的には同じものだと思うよ」
「とにかく、今はご飯を食べてきて。お前一人で全部食べちゃっていいから、遠慮なんてするなよ」
最後に少しだけ感じた威圧感につぶされそうになりながらも、俺は何とか立ち上がって髪の長い綺麗なお姉さんに連れられてこの場を去ることになった。
豪華な食事がいったい何なのか気になるが、言い争いをしている三人がちゃんと仲直りできるかどうかの方が気になっていた。




