第十八話 もう一人の少女
あいつからの連絡はないのだが、誰かがこの教室に向かってきているのか地響きにも似た足音が近付いてきていた。あいつにしては大きな足音だと思って廊下を眺めていると、ガラス越しに岩石が生き物のように素通りしていった。
何かの見間違いかと思って目を凝らして見てみても、俺の目に映るのは普通の人間よりも大きな岩石でその先端は廊下の天井につきそうになっていた。
「もうあんなのが出てくる時間になっちゃったのか。まー君が戻ってくるのを待ってた方がいいのかもしれないけど、このままだと面倒なことに巻き込まれそうだし私は先に帰ろうかな。麻奈ちゃんはまー君のこと待ってるんだよね?」
「イザベラちゃんが帰るんだったら今日はあたしも帰ろうかな。こいつと一緒に待ってるのもちょっと嫌だし、まー君と一緒に帰るチャンスはまた来週もあるだろうし。それに、こいつといると魔王と敵対することになるかもしれないからね」
「ああ、そういう可能性もあったのか。じゃあ、私たちは先に帰ってた方がいいかもね。まー君によろしく伝えといてね」
イザベラちゃんは俺に笑顔を向けて手を振ってくれたのだが、麻奈ちゃんは俺のことを一切見ようともせず鞄を手に取って教室を出て行った。
先ほどの岩石が二人のことを見ているかのように振り向いていたのだが、二人のことを追いかけることはなくそのまま遠ざかっていった。足音と振動は相変わらず大きく伝わってくるのだが、俺にとって害のあるものではないようで一安心だ。
俺はただ麻奈ちゃんに告白しようと思っていただけなのに、普通ではない状況に置かれている。こんなことならもっと早く告白しておけばよかったと後悔しているのだが、今更過去に戻って告白したところでこの状況が好転するとは思えない。むしろ、今よりもよくわからない過酷な状況になってそうな予感がして、下手に過去に戻ることが出来ないんじゃないかと考えてしまっていた。
あいつからの連絡もあれ以来無いわけだし、この状況下で俺が一人で帰るのは危険なんじゃないか。あいつがいてもそんなに変わらないかもしれないが、一人で帰るよりは何倍もマシのように思える。あいつがいればどんな状況でもなんとかなる。理由は説明できないが、そのような確信があった。
と、その時、勢いよく教室の扉が開きイザベラちゃんによく似た銀髪の少女が俺の目の前までスタスタと歩み寄ってきた。
「魔王に喧嘩を売ったのってお前か?」
麻奈ちゃんたちの話では俺が魔王に喧嘩を売ったというか挑発したらしいのだが、俺には一切その記憶はない。なので、銀髪少女の質問にどう答えてよいのか迷っていた。俺とは違う俺が魔王を挑発したのは事実なのだろうが、魔王を挑発したのはこの俺ではない。この世界にいた俺なのだ。
それをどう説明したらいいのかわからないまま固まっていると、銀髪の少女は何かを取り繕うかのように慌てだしていた。
「違う違う、私はお前を責めてるんじゃないんだって。むしろ褒めてるんだよ。あの魔王に喧嘩を売るなんて普通の人間にはできないことだからな。私もあの魔王のことは嫌いだからガツンと言ってやりたいところではあったんだけど、どうも相性が良くないから私が何を言っても意味がない感じだったんだよ。だから、お前があの魔王を小馬鹿にしてくれて胸がスカッとしたんだよ。なあ、お前は次にいったい何を見せてくれるんだ?」
やたらと距離の近い少女に戸惑いながらも、こうして好意的に俺に接してくれることが嬉しくて思わずにやけてしまった。
「お、何かとんでもないことを企んでるって顔をしているな。全部は言わなくてもいいんで、次に何をするのかってヒントを教えてくれよ。あの魔王が悔しがる顔を見れるんだったらなんだっていいんだけど、私が協力できることがあったら何でも言ってくれよ。お前の友達のあいつに出来ないことがあったら私がいくらでも協力するからな」
ちょっとでも動けば顔に触れてしまいそうなくらい顔を近づけられて俺はかなり動揺していた。
今まで生きてきた中で一番早く心臓が動いているのを感じていたのだが、緊張の合間にわずかに感じる甘い匂いに少しだけ安らぎを感じていた。
でも、この綺麗な顔が近いのを思い出すと緊張の方が強くなってしまう。
「あれ、なんか緊張してる?」
全てを見透かされたような気がして俺は思わず距離をとった。
本当はもっと長い間近い距離で感じていたかったのだが、そんなことを言われてしまっては距離をとるしかないだろう。確かに緊張はしているが、悟られてしまうのはなぜか恥ずかしかった。
「別に緊張しなくてもいいのに。私はお前が何をするのかってことにしか興味がないんだよ。お前自身には興味なんて無いんだから緊張したってなにも変わらないから。で、次はいったいどんな嫌がらせをするんだ?」
俺のことに対して興味がないのは別に構わないし、他の女子だって俺に興味を持つことなんて無いだろう。それがわかっているからそんなことを言われても何とも思わないのだが、さっきまですごく近い距離にいたことを思い出すと、少しだけもったいないことをしたなと思ってしまった。
髪の毛からなのか服からなのかそれとも肌からなのかわからないが、とてもイイ匂いがしていた。出来ることなら、この甘い匂いをもう少し嗅いでいたかった。
そんなことは言えないが、イザベラちゃんに似た銀髪の少女は先ほどと同じように、俺の顔のすぐ近くまでその綺麗な顔を近づけてきた。




