第十五話 世界の変化
最初からうまくいくはずがないとは思っていたけれど、失敗の回数が百回を超えたあたりで数えるのをやめていた。俺の予定では、三十回目あたりで多少はうまくいくような気配を感じることが出来、五十回目あたりで距離が少しずつ縮まっていき、百回目あたりで多少は会話も出来るようになっているはずだった。
だが、実際はそんなにうまくいくはずもなく、今ではちょっと俺が動いただけでも舌打ちをされてしまうくらいに警戒されてしまっていた。全ての選択肢を間違えているということは俺にも理解出来るのだが、いったいどこからやり直せばいいのだろうか。俺がただ麻奈ちゃんの事が好きで告白したいって思っていただけだったらとっくにあきらめていただろう。でも、麻奈ちゃんに告白して付き合うというのは俺の気持ちだけではなく、イザベラちゃんの願いでもあるのだ。俺の個人的な思いではなく、イザベラちゃんのためだということで俺は最後まであきらめずに頑張ることが出来ているのだ。
目を合わせてくれるなんて贅沢は言わない、俺と会話をしてほしいなんて高望みなんてしない、俺がちょっとでも動いた時に舌打ちをするのだけはやめてもらいたい。今の俺は告白云々ではなく、麻奈ちゃんの機嫌を損ねないようにするにはどうすればいいのかということに全神経を注いでいる状況になっているのだ。
これが正しい選択なのかはわからないけれど、麻奈ちゃんが教室にいるということは最悪の事態は避けられているということだろう。この教室に麻奈ちゃんがいるということはまだ希望があるということに間違いない。
静かだった外も少し騒がしくなってきているは気付いているけれど、俺が動くと麻奈ちゃんが機嫌を損ねるので確認することが出来ない。いや、いっそのこと外を確認して何が起きているのか報告するのも一つの手なんじゃないか。このまま何もしないよりも、何かをして状況を変えた方が俺の告白がうまくいくかもしれないじゃないか。
「ちっ、いきなり動いてんじゃねえよ。この教室にいるだけでも気に入らねえのに、ちょこまか動いて本当にうぜぇな」
麻奈ちゃんはこんな汚い言葉は使わない。見た目も声も話し方も麻奈ちゃんで間違いないのに、俺の知っている麻奈ちゃんとは使う言葉が全然違う。俺の好きな麻奈ちゃんが俺のせいでこんな風になってしまった。
でも、俺の好きな麻奈ちゃんに変わりはないのだ。俺のせいで変わってしまったとしても、俺の気持ちは変わることはないのだ。
いつもよりも夕日がまぶしいとは思っていたのだが、その理由は俺が思いもしないことだった。
俺の記憶だと学校のすぐ目の前は数棟のマンションが建ち並んでいたはずなのだが、今はマンションだったと思われる瓦礫が高く積まれている。それどころか、見える範囲の建物は全て原形をとどめることがなく破壊されていた。
時間を巻き戻してやり直すことで多少は状況が変わることくらいあったのだけど、ここまで大きく環境が変わっていたことはなかった。強い雨が小雨に変わっていたり、台風の進路が少しだけ東にそれてたりといったことはあったが、建物が全て無くなるという大きな変化はなかった。
壊れてしまったマンションを元に戻すためにはこの教室に麻奈ちゃんがやってくる前まで戻ればいいのだろう。でも、そこまで時間を戻してしまうと、この教室に麻奈ちゃんがやってこない可能性がある。なぜなら、麻奈ちゃんはどうせすぐにあいつがやってこないのなら、この教室で待つよりもイザベラちゃんと一緒に待っていた方がいい。そんなことをずっと考えてしまっているのだ。それだけの強い思いは、過去の自分の行動に影響を与えてしまう。
そんな気がしていた。
学校自体はそんなに高い建物でもないし、この教室も最上階ではないのでそんなに遠くまで見えるわけではないのだが、見える範囲に無事だと思われる建造物は何一つ存在していなかった。俺がこの世界にここまで影響を与えることが出来るなんて思ってなかったし、いったい何が起こったのか想像もつかなった。
「何でこんなことになってしまっているんだ。何もかもが壊れてしまっている」
声に出すつもりなんて無かった。ただ、頭の中で考えていただけなのだ。
それなのに、俺が考えていたことを思わず口に出してしまっていた。
動くだけでも舌打ちをされてしまうというのに、俺が喋ったりなんかしたらどんなことになるのか想像もつかない。
最悪、殺されてしまう。なんてこともなくはないのだ。
「壊れてるのなんて珍しくないでしょ。そういうので気を引こうとするのもキモイ。なんでお前みたいなのがまー君の親友なのか理解に苦しむところだわ」
ひとり言のようにも聞こえるが、俺と会話をしてくれているようにも思える。どちらなのか判断はつかないけれど、これをきっかけに距離を縮めることが出来そうな気がしていた。いや、ここで勇気を出して距離を縮めなくてはいけない。
俺に与えられた唯一のチャンスなのかもしれないのだから。
「珍しくないって、俺はこんな光景見たことないけど」
「は? この時間帯はいつも壊れてるでしょ。てか、お前いつもとなんか違うな。もしかして、あっち側からやってきたのか?」
今まで一度も麻奈ちゃんが俺のことを直視したことはなかった。どんな時も顔をじっと見てくることなんて無かった。
全くそらすことなく目が合っている今、俺は思わず照れてしまっていた。
相変わらず奇麗で可愛らしい。
「あいつらとは違うみたいだけど、お前はいったい何者なんだ?」
俺は向けられた銃口を一切見ずに麻奈ちゃんの目をじっと見つめていた。
見つめあえるチャンスなんて、もう二度と訪れないかもしれない。
そう思ってしまった。




