第十二話 イザベラちゃんのお願い
青い瞳でまっすぐに見つめられると逃げられないような気がしてきた。
突然立ち上がってその勢いに任せて逃げたとしてもすぐにつかまってしまう。こんなにか弱そうに見えるイザベラちゃんなのに、俺との力の差は圧倒的なものがあるように感じていた。
ここは素直にイザベラちゃんの話を聞いた方がいいと思うのだが、先に話を聞くと全てが悪い方向へ進んでいくらしい。そんなことを言われたところで信じようがないのだけど、どこまでも透き通るような青い瞳は噓をついていないように見えていた。
それと、どうしてイザベラちゃんが俺の能力のことを知っているのかという疑問もあったのだ。どう切り出せば当たり障りなく済むのか考えてみたのだが、どうしても上手い切り替えしが思い浮かばなかった。
「そこまで悩むことでもないと思うよ。男らしくスパッと決断してくれたらいいんだからさ。ほら、男は度胸女は愛嬌っていうでしょ?」
「そう言われてもね。俺にはイザベラちゃんが何を言っているのかイマイチよくわかってないんだよ。力を貸すってのはいいとして、俺に出来ることなんて何もないと思うんだけど」
「そんなこと言ったって駄目だよ。私には全部わかってるんだからね。その証拠だって持ってるんだけど、そっちだったら教えてあげてもいいよ」
証拠を持っているといわれても、俺の能力を記録することなんて不可能なんだから嘘に決まっている。俺の能力を証明することなんて絶対に出来ないことなのに、イザベラちゃんは嘘を言っているようには見えない。
もしかしたら、嘘をついているのではな俺の能力を証明するなんてありえないことを真実だと思い込んでいる。なんてことなのだろうか。
どちらにせよ、イザベラちゃん関わる事は危険な予感がする。
「あ、時を戻そうとしても無駄だよ。今の前田君が戻れるのは麻奈ちゃんが教室を出て行った直後までだから。これで分かったかな?」
本当に驚いた時というのは何もできないものだということを肌で感じていた。
動くことも声を出すことも出来ず、瞬きすらもしていなかったと思う。
そんな俺を見つめるイザベラちゃんの目は少しだけ黒みがかっているように見えた。
「あれ、固まっちゃった?」
イザベラちゃんは動かなくなった俺の頬を叩いてきた。痛みはそこまで感じない程度の強さだったけれど、突然ビンタをされたことで驚いた俺は止まっていた時が解除されたかのように動き出していた。
「よかった。驚いて死んじゃったかと思っちゃった。前田君が死んじゃったら私のお願いを聞いてもらえないと思ったんでどうしようかと思ってたんだよ。でも、生きていてくれてよかったよ。それでどうかな、私に協力してくれる気になったかな?」
「俺がイザベラちゃんの役に立てるかわからないけど、協力はするよ。協力しないと一生ここから出られないような気がしてるから」
「その予感はどうだろうね。外れてるかもしれないから、確かめてみたらどうかな?」
イザベラちゃんは俺が本当に確かめても問題ないといったような自信を見せていた。その自信あふれる表情に気圧されたわけではないのだが、俺は悪い予感が当たっているか確かめるつもりはなかった。確かめても確かめなくても後悔するのだとしたら、余計なことはせずにさっさと諦めた方が賢いだろう。
「確かめなくても大丈夫。俺はイザベラちゃんの事を信じるよ。だから、イザベラちゃんの頼みもきくことにするよ」
「ありがとう。前田君ならそう言ってくれると信じていたよ。私のお願いってのは、私だけじゃなく前田君も幸せになることだと思うからさ」
イザベラちゃんの瞳から先ほど感じていた黒く深い色が消えている。いつもの透き通るような青い瞳がまっすぐに俺を見つめており、いつもの屈託のない笑顔が俺に向けられていた。その笑顔がまぶしすぎて直視することができなかった俺はわずかに目をそらしたのだが、イザベラちゃんは俺の視線を追ってまっすぐに俺を見つめてきた。
「それでね、私のお願いっていうのは、前田君に麻奈ちゃんと付き合ってほしいってことなの。麻奈ちゃんと付き合うのが一日でも半日でも一時間でも一分でもいいから前田君と麻奈ちゃんが付き合っているという事実が欲しいの。麻奈ちゃんが前田君の元カノって存在になってくれるように何回でも頑張ってほしいな。前田君のその力があれば諦めることなんて無いと思うし、どうにか頑張って麻奈ちゃんと付き合ってちょうだい」
イザベラちゃんのお願いって俺が麻奈ちゃんに告白して付き合えってことなのか?
そんなことは言われなくても頑張るつもりだったんだけど、その意図が理解出来ない。
俺と麻奈ちゃんが付き合うことでイザベラちゃんに何の得があるのだろうか?
俺にはさっぱり理解出来なかった。
「とにかく、前田君は告白して麻奈ちゃんと付き合ってください。私の願いってそれだから。私は全力で前田君を応援しているからね」
俺が麻奈ちゃんと付き合うところまで行くのはあまりにも険しい道のりだと自分でもわかっている。
もしかしたら、千個のサイコロを同時に振って全部一の目が出る方が簡単かもしれない。そんなことを思ったりもしていたのだが、こうしてイザベラちゃんが応援してくれるということが分かった今、何とかなるんじゃないかという気がしてきた。
むしろ、俺はこんなに応援してくれるイザベラちゃんの事が前よりも好きになってしまったかもしれない。
「ありがとう。でも、俺はこうして応援してくれたイザベラちゃんの事が好きになったかもしれない」
「あ、そういうのは本当にいいんで。気持ち悪いんでやめてもらえるかな。ってか、私に告白とかやめてください。今すぐに時を戻して。私が前田君に告白される前の時間に戻してください。本当にお願いします」




