第94話 冷たい彼女の……友達?
週が明けて、文化祭当日まで残り一週間弱。この時期の仁徳大仙高校のスケジュールはとても過密だ。
今月は中間テスト、そして来月十一月の最初の祝日は文化祭。その間、ほんの二週間ほど。
そのため、文化祭の出し物や文化祭実行委員については先月九月に決定している。九月は体育祭があったのだけど、その時に一部のクラスでは文化祭の準備も並行して行っているところがあった。
そこまでしないと文化祭の出し物を完成させられなかったのだろう。
それに、体育祭の準備と文化祭の準備を両方やることは別段難しくなかったというのもある。体育祭で決めるのは誰が何の種目をやるのか、くらいだったはず。
しかし、僕たちの方はその役割すら話し合えていない。
今日は被験者全員が集まって話をする日。文化祭の準備に加えて、今後の僕たちの意向を定める必要がある。瓢太と渡会さん、二人の返答次第で僕の動き方もある程度決まってくる。
「わりぃ、介。購買行ってくるから、先行ってて」
「あ、おぅ。分かった」
四限目が終わって早々、瓢太は足早に教室を去っていった。話し合いをする心の準備ができた矢先にこれか……。
とはいっても、もともと瓢太には先に行ってもらおうと考えていた。僕が渡会さんを迎えにいって、その場所まで案内しようと思ってたから好都合だ。
昼休みになると、教室はクラスメイト達の大移動が始まる。僕の席はテスト期間中の時のまま、窓側の一番前。
皆が気の合う友達とテリトリーを形成している最中、僕は黒板の前を通って教室前方の扉を目指す。
「付いてくんな。お昼は一人で食べるって決めてるの」
「えー、なんで! 別にいいじゃん! あたしと食べるくらいさ!」
廊下に出る手前、廊下奥の方から女子生徒二人がこちらに向かって歩いてきている。一人はもう見慣れた顔の渡会さんと、その後ろには執拗に渡会さんを追いかけている女子が一人。
その子は右耳に髪と同じ黒色のピアスを付けていて、主張の強い眼差しを渡会さんの背に突き刺しながら吠えていた。
「あたしは人付き合いで疲れる人間なの。昼休みくらい一人で心安らかにいたいわけ。分かる?」
「だったらその心をあたしが休ませてあげるからさー」
「ならあたしを一人にさせて。それであたしは休めるから」
「それはあたしがやだ!」
渡会さんは話しながらちらと僕を一瞥していたけど、特に何も言わずそのまま五組の教室の前を通り過ぎていく。
後ろにいる子は僕に一目置くことなく、まるで恋する乙女のように渡会さんの背中だけを見ていた。
『なんだか厄介な方に絡まれていますね』
『どうする? 助ける? まあ助けたら助けたで余計なことするなって目で睨まれるかもしれないけど』
リペアさんの言ってること酷いけど容易に想像できてしまうのがなんとも……。
『後を付けて様子を窺うだけでもいいのではないでしょうか』
「そうだね。それがいいか」
渡会さんが通りすがりに目配せしたのは「助けろ」という含意があるんじゃないかと思ってるけど、僕としてはあのやり取りを遠目から観ていたいという好奇心がある。
ということで、僕は距離を取りながらあの二人の後ろをひっそりと追いかけてみることにした。
「別にあたしじゃなくても、あんたは友達いるでしょ」
「あたしは玲奈とお話がしたいの」
「あたしと話しても、あんたが好きな絵描きの話なんてできないよ」
「大丈夫! あたしがどうにか玲奈の知識を引き出すよう頑張るから! ピアスもさ、玲奈とおそろのやつ付けてるし話せるよ!」
「別に頑張って話さなくていいから。あと、下の名前で呼んでいいとか言ってないけど」
「その割にはさ、下の名前で呼ばないでって言ってこないよねー なんでー?」
「……はっ?」
後ろからひっそりと二人の後を付いていく道中、渡会さんが後目に女子生徒を睨みつける。
その瞳は廊下の端にひっそりといる僕の存在を捉えたようで、尖っていた目が少しだけ柔らかくなった。
「ひぇえ……ん?」
少し遅れて、後ろの子も僕の存在に気が付いた様子。早々に尾行失敗。
「あ……どうも」
どうにかして誤魔化そうと一瞬思考を巡らせたけど、特にこれといった言い訳が思いつかず挨拶してしまう。軽く首をこくっと会釈したけど、二人の目は怪訝そうに僕を見ていた。
『介様、尾行下手ですね』
『あーあ、やっちゃったな。これはもう刑務所行き』
まだ何もしてないが!? いや、ストーカー……っぽいことはしてたけど。
「え、あ、どうも」
案の定、めっちゃ警戒されてる。もうその視線だけで分かる。「うわ、犯罪者だ」って思われてるのが。これもう内定取り消し待ったなしか……。
「場所、こっちで合ってる?」
この不穏な空気を平然と断ち切ったのは、渡会さんだった。
「あ、うん。そのまま奥の方に行ってもらえれば」
予期しなかった渡会さんからの質問に少し動揺したけど、彼女は特に気にしてない様子だったから答えた。
てっきり渡会さんは知らない人のふりをして、また歩き出すと思ったんだけど……困ってる僕を見て助け船を出してくれたのかもしれない。
「分かった」
「ん? ん!? え? ん!?」
渡会さんは一言口にしてまた歩き出す。対して、後ろに付いていた彼女は混乱に陥った様子で足を止めていた。僕と渡会さんを交互に見ながら、声にならない声を上げている。
「え、待って! れ、玲奈の……誰!? てか、一人で食べるんじゃないの!?」
「いつもは一人。でも今日は大事な話があるって前々から言われてたから。悪いけど、浜間とは一緒にできないから」
「え、大事な話……? 大事な話!? え? えぇ!?」
僕は混乱最中の彼女の横をサササッと通り抜け、足早に渡会さんの後ろを追いかける。
以降、あの子は渡会さんの後ろを付いてくることはなく、曲がり角を過ぎてもこちらをぽかんと見つめたまま立ち尽くしていた。
「あの、良かったの? あんな言い方して」
「別に。もし勘違いされても、浜間なら変な噂を流したりしないだろうし」
冷たい態度で接してた割には、案外信頼してるところはあるんだ。
「あの子、浜間さんって言うんだ。結構懐いてたっぽいけど、あんな冷たくして大丈夫なの?」
「あたしは何度も嫌だって言ってる。でもあっちがしつこく纏わりついてくるの」
なにそれ、なんか羨ましい……!
「でも、友達の存在は大事だと思うけど」
「……あたしみたいな忌み子となんか、あんまり一緒にいないほうがいい。あたしは、自分のことは好きじゃないから」
忌み子って……そこまで自分のことを悲観的に思わなくてもいいのに。
「僕は、渡会さんはいい人だと思ってるけど。勉強も教えてくれたし。あれすごい分かりやすかった」
「……ごめん。もう介って呼ぶことにしていい? 家と学校で呼び方切り替えるのだるい」
「え、あ、うん。全然。僕はいいけど」
急に話変わるやん。




