第91話 衣装合わせ
「愛田って、いつも制服の下に体操服着てるの?」
「体育がある日とかはそうしてたりするかな。まあ、ない時でも着るときはあるんだけど」
特に最近は早朝トレーニングで肌着を洗濯に出してることが多い。そういう理由で着られるものがない時は体操服を下に着ている。
僕は制服をそのまま直で着てしまうのが気持ち悪いと思ってしまうから、いつも下に何かしら着ている。
「なるほどな。てか、ガリガリなのかと思ってたけど、割と筋肉あるんだな。腹筋とか胸筋がいい感じでびっくりしたわ。なんかスポーツやってたん?」
「ううん、別に。やってなかったよ。ただ最近は朝に走りにいったりとかしてるから、かな……」
「おー、だからか!」
人に体を褒められるの、初めてだ。緒野くんからそう見えてるってことは、毎日のトレーニングの成果が表れてるってことか。なんか……嬉しい。
「結構、筋肉あるなって感じ?」
「うーん、普通よりはあるかなって感じ。細マッチョとはいかないけど、こいつ鍛えてるなーみたいな」
「あー……」
まあ、この短期間でそんな体格良くなるわけないと思ってたけど。でも成果が出てないわけでもなさそうだし、このまま続けていけばいずれ対等に戦える体になるはず。
「よし! じゃあ、着ていくか」
「あ、はい。お願いします!」
「ほい。じゃあまず、これに腕通してくれ」
そう言って緒野くんが手渡してきたのは、丈が長い山吹色の服。
「これって、振袖ってやつ?」
「いや、それは長襦袢って言って、着物の下に着る下着みたいなものだ」
「あ、じゃあその鼠色のやつは?」
「こっちが着物だな。長襦袢がこの着物に汗とか皮脂がつかないよう防ぐんだよ」
「へー」
まあでも、呼び方が違うだけで、今でいうところの肌着や上着の役割と同様なのかな。
なんて思いながらも、僕は半ば無心になって長襦袢の袖に両腕を通す。
「通したよ」
「おけ! じゃあそのまま両腕を横にピンってしてて」
言われるまま、僕はかかしのように両腕を横に伸ばして棒立ちになる。
すると緒野くんは僕の正面に立ち、左右の衿元を握る。右の衿元を左腰骨のほうに入れ込むと、今度は左の衿元を重ねるようにして右腰骨に入れ込む。
「ごめん、この状態で衿元を手で抑えてて」
「分かった」
それから緒野くんは淡々と着付けをこなしていく。腰紐をくるりと巻くと、長襦袢の目立つしわや衿元を整えていく。
次に通す着物も、基本的には長襦袢を着る時と同じ工程を辿っている。
「よし、これでよし!」
着物の上に着崩れしないよう男〆という紐が腰に巻かれると、その上に黒色の帯がきゅっと覆いかぶさる。
「これで完成?」
「いや、最後に羽織。これに腕を通せば終わりだ」
差し出されたのは雨に濡れた土のように濃い茶色の羽織。だけどそれは、まるで晴れた空に照らされて、ほんのりとした温もりをいっぱいに吸収していそうな優しい色だ。
僕はその羽織を受け取ると、早速袖に両腕を通す。
「おぅ、完璧! いいね!」
緒野くんは両の親指を立てると、ぐっと胸の前で構える。全身鏡とかあったら今の自分の姿を見られるんだけど、あいにくこんな場所にそんなものはない。
「そ、そう? 自分じゃよく分かんないけど」
「いや、いいよいいよ! 写真撮ろうか?」
「え、あ、なんかそれは……」
「おい、照れんなよ。そこは『日本男児のイケメンを拝みたいなら、なっ☆』とか言えばいいんだよ」
「……」
うーん……えー……あー……。
「はい、撮ったぞー」
「えぇ!?」
僕が思考停止してる間にちゃっかりシャッター押されてた!?
「ほら、どうよ?」
緒野くんがちらと向けてくる携帯画面には、着物姿の自分が何ともいえない顔をして明後日の方向を見つめている。せっかく和服を着てるのになんという締まりのない感じ……。
「なんか、パッとしない感じだね」
「そう? 俺的にはめっちゃ似合ってるけど。まあ顔はしゃあねぇ。変な瞬間に撮ったし」
変な瞬間に撮ったっていう認識はあるんだね……。
「この写真、送っとくよ」
「あ、いや……」
いらない、と口にしそうだったけど、ふと脳裏に「最後の文化祭」という言葉が過った。
「できれば、ちゃんとした写真が欲しい……かなって」
もうこんな恰好をすることはこの先ないかもしれない。ならせめて、記念に残したいと思える写真を撮ってもらいたい。
「おー、いいね! じゃあ、あの二人が着替え終わったら三人で撮るか!」
そう緒野くんが言うから藤吉くんと小林くんの様子を見やれば、藤吉くんは自分の着替えを終わらせてるようだけど、隣で手こずっている小林くんの着替えを手伝っていた。
「そうだね、二人を待つよ」
「あ、ご、ごめん! なんか待ってもらっちゃって」
「あ、ううん! 全然」
「おい三之助、腹を引っ込めろ! 入らん!」
「え? 引っ込めてるんだけど……?」
大丈夫かな……。衣装ってレンタルなんだよね? 壊れたら弁償とかって……。
「そういえば俺、愛田のAINE知らないんだったわ。クラスのグループって入ってたっけ?」
「うん、入れてもらってる」
「わりぃ、どれか教えてくんね?」
三年五組のグループAINE。緒野くんはそのグループ内にいる友達一覧画面を開いてこちらに見せる。僕はその画面だけ操作して、自分のアカウントを指し示した。
「これだね」
「あ、これか。名前……」
「それ、『かい』って読むんだよ」
「あ、下の名前『かい』なのか。なんか特殊な読み方するのかと思ってた。てことは、さ……」
ふと、緒野くんの目の色が変わる。まるでずっと探してたものをようやく見つけたと言わんばかりに、僕の顔を見るなり嬉しそうに瞳を丸くしていた。
「名前、愛田介なんだよね?」
「う、うん」
「てことは、さ……」
緒野くんは慎重に何かを認めながら、僕に人差し指の先を向ける。
なぜか分からないけど、僅かながら緊張感が走っていた。その鋭い目つきは、僕の中で対峙してきた敵AIが向けてきた視線と重なる。
僕はほんの僅かだけ、踵を後ろに退ける。




