第90話 僕が着るもの
「えっとー、これは藤吉くんね」
「お、おー……おー!」
藤吉くんが受け取った衣装カバーをちらと見やると、白い名前タグが付いていた。前もって誰が何を着るかは決められているらしい。
「これは小林くんね」
「あ、ありがとうございます!」
「あと、この帽子も」
小林くんには衣装カバーと、なにやら黒の帽子が手渡される。その形状は、僕が最初にコピーと相対した時の警察官が被っていたそれと似ている。
「その帽子! 三之助……貴様まさかっ!」
「ふん、さすがは努。一目見ただけで察するとは。其方、いい目をしているな」
相変わらず二人の話し方は独特な空気感を醸し出す。絶対にこの会話のテンポについていけないけど、聞く分には面白いなって思う。
「これは愛田くんのね」
「あ、ありがとう」
母壁さんに手渡された衣装ケースには、「愛田くん」という文字が書かれたタグが付いている。
筆跡を見るかぎり、母壁さんが書いたのだろうか。角のない丸みを帯びた可愛らしい字だ。
「あ、あの……愛田くん」
ふと、藤吉くんが徐に話しかけてくる。見やれば、藤吉くんの隣にいる小林くんも不安げに僕の方を見ていた。
「ん?」
「いやこれ、俺たちが着たいものというか、好みで選んじゃってるから。その……あんまり好みじゃなかったらごめん」
「うん。無理して着なくてもいいと思うし」
「あーいや、大丈夫。僕はほんと、別になに着てもいいと思ってたから」
とはいえ、何を着ることになるかはすごく気になる。めちゃくちゃ気になる。
「母壁さん。これって今、中身確認してもいいの?」
「うん、全然大丈夫だよ」
委員長から許可を得たので、衣装ケースをぺらりとめくってみる。中はひらひらしたスカートでもなければ、魔法少女が着ているキラキラした戦闘服でもなかった。
「おー、着物」
キラキラひらひらした服を着る想像をしてたけど、それとは真反対のザ・漢みたいな渋い着物。少し濃いめの山吹色と淡い鼠色が大人びた色気を醸し出している。
でもこれ、僕が着ても似合う色なんだろうか……と少しばかり着物を見つめてると、また右から視線を感じる。
顔を上げると、藤吉くんと小林くんが揃って僕の方をまた不安げに窺っていた。僕は微かに寄っていた顔のしわをすぐさま引っこめる。
「大丈夫だよ! 和服は全然嫌いとかじゃないし!」
「あ、良かった……。その服、かっこいいキャラが着てる服だから! 安心して!」
「うんうんうんうんうんうん!」
藤吉くんは自信ありげな表情で、小林くんはこれでもかと首を縦に振ってみせる。
多少なりとも気を使って選んでくれた服なんだと思うと申し訳なくなってくるが……これも自分がなんでもいいと言ってしまったツケか。
「愛田くん、着物の着付け方とか分かる?」
「あー……ごめん、分かんない。こういうの初めて着るから」
こんな本格的な和服は着たことがない。旅館に用意されてる浴衣とはまた違うだろうし。
「あ、じゃあ緒野くん! 頼める?」
母壁さんがそう言いながら向けた視線の先に、教室に飾る装飾物を作ってる一人の男子生徒がいた。
金色の髪、軽くワックスで整えられている頭、甘いマスク。彼の左隣には黒いギターケースが机に背を預けていた。
「おぅ、いいよ!」
同じ仁徳大仙高校の制服を着ているのに、その風貌は派手なアーティストのよう。身長は一八〇センチ近くあって、男の僕でも気圧されてしまいそうなカリスマ性を放っていた。
「装飾は一旦止めでいいんだよな? 委員長」
「うん。三人が着る服のサイズ感を確かめたいからそっちが先。装飾物は私の方でやっておくから。お願いできる?」
「おけおけ!」
見た目に反さず、緒野くんのノリは軽い。
「よろしくな、愛田!」
「あ、うん。よろしく……」
それに絡み方も軽い。緒野くんの方が身長高いから、軽々と肩に腕を回してくる。
「なぁ、愛田さ……」
「ん……?」
ふと、緒野くんが小声で耳打ちしてくる。なに急に、怖いんだけど……?
「お前、ちゃんとパンツって履いてるよな?」
「……え?」
脅されるのかと思えば、まったく予想もしなかった質問が直に鼓膜を打ってきた。
『パンツは履いてたはずだよね?』
『下着は履かれてますね』
なぜリペアさんとリードさんが僕の下着事情を把握してるんだ? 怖いんだけど……?
「う、うん。ちゃんと履いてるけど……」
「あー、良かった。フルチンだったら気まずくてどうしようかと思ったぜ。俺の今履いてるパンツを貸すわけにもいかないしよ」
緒野くんは一体何を言ってるんだ……。てか、それを貸されることになったら今度は僕の方が気まずいんだけど。
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着替えはクラス教室で……とはいかず、女子がいる教室での着替えはできないから誰も使ってない空き教室を借りて着替えることになった。
そこは事前に許可をもらってる……ということもなく、まだ職員室にいる先生から鍵を借りるところから始まった。
幸い、別棟の教室をすんなり借りることはできて、今から部活に入ってない僕たち三人と緒野くんで渡された衣装に着替え始める。
「よし、愛田! 下着以外全て脱げ!」
開口一番。緒野くんの大一声が教室に響き渡った。窓際にいた藤吉くんと小林くんが肩をびくっと跳ねて、何事かとこちらを振り向く。
「緒野くん、その言い方は人聞き悪くない?」
「別にここには男しかいないからいいだろ。はよ脱いで試着試着!」
なんだかやけに張り切ってる様子だった。しかし、緒野くんは見た目の印象からして、着物とか古風なものには興味ない人だと思っていた。
普段の彼はロックミュージックにしか関心がない感じだし、だから母壁さんが緒野くんを呼んだ時は意外だった。
「緒野くんって、着物とか普段着たりするの?」
一枚一枚制服を脱ぎながら、僕はおそるおそる訊いた。
「なんで?」
「いや、その……そういうイメージがないからさ」
「あー、ね。いや、そんな頻繁に着たりしないよ。ライブする時とか動画撮る時とかに何度か着たことがあるってだけ」
ライブする時……なるほど。茶道を習っているとかそういう理由ではなかったか。
「あ、軽音楽部の……」
「軽音ていうか、俺のバンドはITubeで動画出しててさ。その撮影の時とか、あとはライブハウスって場所でライブする時とか。部活の時は普通に制服だけどな」
「え、動画出してるの?」
「うん、出してるで。興味あるなら、あとで教えようか?」
「え、ちょっと聞いてみたいかも」
大の音楽好きというわけではないけど、身近にいる人のそういった活動には興味が惹かれてしまう。
「おけおけ。とりあえず、パンイチ……になってるけど、体操服の上下は着ててもええよ」
「え、あ、そうなの!?」
下着以外と言われたから、それ以外は全部脱いでしまった。着ててよかったのか……。これじゃあ、裸の見られ損やんか。




