第89話 放課後の文化祭準備
テスト明けの六時間授業は結構きつかった。
言っても、テスト本番の一日目、二日目と終了時間はほぼ一緒なんだけど、なんでこうも時間の流れがテストの時より遅く感じられるのか……。
まあでも、もうほとんどの教科の授業内容が大学受験対策に移行し始めてるからあまり授業内容はきついと思わない。
けれど反面、自分だけ進学しないということに肩身の狭い思いをしてしまう。
仕方ないことだ。だって自分で選んだ道なんだから。誰も悪くない。悪いのはあの、アイ・コピーだ。
敵AIと最後に相対したのはテスト一週間前。あれから本当に一度たりとも遭遇していない。
それと不思議なことに、非通知電話に関するネット記事の更新がぱったりと止んでる。
まるでいちブームでも去ったように、ネット記事はもちろん、SNSの方でも非通知電話について触れてる人を見かけなくなった。
正直言うと、この現象は不気味だ。本当なら、コピーは捕らえたし非通知電話の件も落着した! やったー! と思いたいけど、アイ・ブレイクと戦っている時に現れた敵AI曰く、まだアイ・コピーは捕らえきれてない。
彼の力は〈模倣の力〉。自身の複製である分体と他AIの力の模倣。分体で他人の体を乗っ取る手段はもう分かった。
おそらく非通知電話の数は噂になってた時よりも減ってるだろうけど、行方不明者の数は未だ増え続けてるんじゃないかって思ってる。
なんせ手段に使っているのは電話だ。それが非通知のものでなくても体の乗っ取りは可能。
最近小耳に挟んだことだが、この仁徳大仙高校でも行方不明になっている生徒がいるという。テストに集中してて知らなかったけど、この機に調べてみてもいいかもしれない。
その生徒の友人なりに事情を聞いてみたいが……人見知りの僕に果たしてそれができるか? そもそも安易に踏み込んだりできないだろうし……。
「おい、介!」
「えっ! あ、なに?」
「母壁さんが、部活のない人は文化祭準備のために残って欲しいってさ。俺は部活あるから、もう行くな」
「あ、うん! ありがとう! 頑張って!」
「おう、じゃあな!」
完全にぼーっとしてしまってた。テストの時の疲れがまだあるのか……いや、これは絶対敵AIのせいだ。
相手がいつ来るのか分からないから無自覚に警戒してる節がある。そのせいで精神的にも疲労してるのだろう。
「はぁ……」
「大丈夫? 愛田くん」
こめかみに指先を当て、ため息をひとつ。そんな僕に声をかけてくれたのは、クラス学級委員の母壁さんだった。
「あ、ごめん。大丈夫。文化祭準備だよね?」
「そうそう。今日は部活のない人達の衣装合わせをしようと思って」
「あ、了解」
僕たち三年五組の出し物はユニフォームカフェ。そこらへんに詳しい人達曰く、コンセプトカフェになる。
メイド、執事、はたまた魔法少女とか色々種類はあるのだそうだが、うちは各々の部活に入っているユニフォーム姿で接客をすることになる。
じゃあ部活に入ってない人はどんな服装をするのかというと……その衣装合わせを今からするという。自分が何を着ることになるのか、これから分かるということだ。
「あれ? 愛田、赤井澤は?」
何をしたらいいか分からず教室の端っこの方に佇んでると、ソフトボール部のユニフォームを着た柏木さんが黒茶色のポニーテールを揺らしながら声をかけてきた。
「瓢太は部活いったよ」
「あ、そうなんだ。てことは、総体地区予選決勝まで行ったってことね」
「そうみたい。すごいよね、決勝って。柏木さんの所はもう終わったの?」
「うちのところは三回戦目で負けたー でも受験に集中できるいい頃合いだったし、最後の部活としても特に悔いなかったし」
柏木さんはソフトボール部のキャプテンで、ピッチャーをしてる。前に腕相撲してもらったことがあるけど、普通に強くてびっくりした。そして普通に僕は負けた。
でもそんな力がどこから捻出されてるのか分からないくらい手足は細い。腰に巻いてるベルトの位置も、脚が長いからか腹部に巻いてるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
それに、ソフトボール部のユニフォームはゆったりしてる感じなのに、こうして近くで見てみると案外胸元の主張はあった。やばい、目が……目が引き寄せられそうになってる。
『介くん……男だね』
耐えろ、僕、耐えろー! あとリペアさんは黙ってー!
「キャプテン、お疲れ様でしたっ!」
内からふつふつと湧いてくる感情を拭い払うように、僕は鍛え抜かれた部員のように声を張り上げた。
「ふふんっ! でもまさかこのユニフォームを着る最後の機会が文化祭だとは思わなかったけどね」
「あれ? ソフトボール部の出し物とかってないの?」
「あるけど、それは後輩の方に任せてるからさ。だから総体で最後になるんだろうなーって思ってたんだよね」
「……いいね、部活のユニフォーム」
うん。とても良いと思います。まる。
「愛田も何かやればよかったのに」
「あー、まあ僕も色々あったわけで……」
そうは言っても、バイトにいってたくらいだけど。
でもバイトしてて思ったことは、部活と勉強を両立してて更にバイトも頑張るってなると相当ハードだなと。
中学もそうだけど、僕はとことん部活というものに縁がなかったらしい。
「愛田くん、こっち来てー」
「あ、じゃあ行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
母壁さんに呼ばれて、僕は若干速足で向かう。
教室後方にはキャスターのついたパイプハンガーがいつの間にか運ばれてきていて、そこには衣装カバーのついたハンガーが三つ掛けられている。
「おー、ついに!」
「この瞬間をどれほど待ちわびたことか」
このクラスで部活に入ってないのは僕と、隣で目をきらきらギラギラさせている二人、小林くんと藤吉くんだ。
小林くんはまるで子供のように純粋な笑顔をしてる一方、藤吉くんはメガネをクイッとあげながら不気味な笑みを貼りつけている。
「これは、どこかでレンタルしてきた衣装?」
「そう。その、愛田くんには悪いけど……二人の熱烈な要望に答えました」
「あ、いや全然。大丈夫だよ」
着るユニフォームに関して要望を聞かれたけど、僕は正直になんでもいいと言った。
それこそスカートを履くことになってもいいとすら思ってる。だって高校最後の文化祭だから。最後の最後に許されるなら、僕は羽目を外してもいい。
小林くんと藤吉くんは、おそらくこのクラスの人なら誰もが知ってる大のアニメ好き。休み時間によくアニメや漫画の話をしているのを見かける。
そんな二人の熱い要望となると……ユニフォームじゃなくて、コスプレになるんじゃないかって疑ってたりするんですが。
僕たちだけコスプレカフェをすることになりませんか? それ。




