第88話 冷たい彼女と僕のこれから
「では問題。このうますぎダツボウのパッケージに載ってるハットを手に抱えてお辞儀してるキャラの性別を当ててください」
「……」
いや、分かんねー。てかキャラクターの名前も分かんないよ。
「ちなみにその解答権って、俺と介くんとリードにそれぞれあったりする?」
「愛田だけ。他にはない」
「ちぇっ、けちぃ」
「あと三人で相談するのもなしね。残り十秒」
「え、時間制限あんの!?」
「九、八、七……」
「えっと……男!」
「残念、女の子でした」
「え、女の子なの!?」
大きめの黒いトップハットを抱えてるからてっきり男の子だと思った……。
「はい、ピーマン味」
「え、あ、一応くれるんだ」
「間違えたらあたしが好きじゃない味のやつあげようと思ってたから」
「あ……どうも」
受け取りづらい……けど、もらえるだけありがたいか。
「渡会さんが好きな味ってなに?」
「たこ焼き味。これ大阪限定だから、大阪に生まれて良かったなって思う」
「じゃあ、それだけ取ればいいんじゃないの?」
「一番好きなのはたこ焼きだけど、別に他の味も嫌いってわけじゃないし。ピーマンはちょっぴり苦いのが癖になるって言ってる人いたけど、少なくともあたしはあんまり好みじゃないってだけ。克服はしたいけどね」
「……すごいね」
その時は褒めようと思って出た言葉ではなく、口からポロッとこぼれた感じだった。
「なにが」
「あ、いや……苦手な味を克服したいって思うほど、その駄菓子が好きなんだなって」
「ピーマン味は苦手だけど、この駄菓子はあたしの心を支えてきてくれたから。美味しくて、安くて……昔のあたしは他のお菓子だと高くて安易に手を伸ばせなかった。でもこれは、あたしでも手を伸ばせたし、これを食べてる時は幸せでいられるから、嫌いになんて絶対になりたくない。このお菓子の全てを好きでいたい」
渡会さんの眼差しには熱意と愛情がこもっていた。そんな彼女を見るのは初めてだ。勉強を教えてくれていた時に垣間見せてくれた熱とは全く本気度が違う。
それに……対象は違えど、何かを大切にしたいというその気持ちは僕もよく知っている。
「渡会さんって、将来はそのお菓子を販売してる会社に入りたいとか?」
「なんで?」
「いや、だってすごい好きなら、そのお菓子の会社に入ることを目指すのかなって」
「別に。あたしもう来年は公務員として働くから」
「……え? 大学は!?」
「いかない。借金して授業料払うより、もう働いちゃおうかなって」
え? 渡会さんって受験生じゃなかったの!? そういえば、生徒指導の先生が就活する生徒がもう一人いるとかさらっと言ってたけど……。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「いや初耳だよ!? てっきり進学するもんだって思ってたから。勉強も、あんまり邪魔しちゃ悪いかなって」
「まあ、大学進学したら絶対苦学生になるだろうし」
他人の進路にどうこう言うつもりはない。だって僕も今の金銭面と家庭事情を考えて選んだ。
その選択についていろんな人から意見を貰ってきたけど、正直なことを言えばあまり気分は良くなかった。
僕もできれば彼女の選択に対して不用心に言葉をかけることはしたくない。だけど、ただひとつ気になることはある。
「渡会さん、頭いいから推薦枠とかでいけたりするんじゃ……」
「それでもお金が足りないから、就活を選んだの。借金なんてごめんだし。負債は自分の人生だけでもう十分」
「あー……そっか」
なんだか渡会さんらしい返答だなと思った。悲観的であるけど、彼女なりに生き方を模索して選択したんだってことが分かる。
「僕も実は、大学進学じゃなくて介護士になるんだ。来年から」
「え、超ブラックじゃん」
「ブラックって……やめてよ、そういうこと言うの」
「いや、なんでそんなブラック現場選んだの?」
あれー……今さっき、やめてって言ったんだけど……。
「まあ、小学・中学校くらいに体が悪くてまともに動けない時があってさ。その時の辛さを知ってるから、その経験を活かしていきたいなって思って。大人になったら、お父さんとお母さんの介護もして、恩返ししたいって思ってるんだ。現場の経験を、親に使いたいと思って」
「……体、悪かったんだ」
「まあね。今もこうして長々と立って話せてることが、昔の僕からしたら本当に信じられないことでさ。それこそ、今は毎朝走りにいってるけど、もう長く走れてることがほんと意味分からないくらい。普通に生活できるようになったのも、家族が支えてくれていたおかげだから」
何気にこの思いを親戚以外に話すのは瓢太を除いて二人目だ。
やっぱり他人に打ち明けるのは気恥ずかしいし、話し出すと当時感じていた苦しさが思い起こされる。
軽く笑い飛ばしてみせないと陰鬱になってしまいそうになる。
「そろそろここにずっといるのも邪魔になるし、動こう。早く昼食にしたいし」
僕の買い物かごにも渡会さんの買い物かごにも、まだ十円駄菓子のうますぎダツボウしか入ってない。昼食もそうだけど夕食の食材も買おうと思ってたところだ。
その食材は全部僕の買い物かごに入るんだろうけど。絶対入らないから買い物かごをもう一つと……カートが必要になるかなぁ……。
「渡会さん、何か食べたいものある?」
「……ここって、本当に仮想世界なんだよね?」
不安げな目をして、渡会さんは唐突にそう訊いてきた。
「え……そんな、急に……?」
「いや、ちょっと不安になって。まあどっちにしても、地獄みたいな人生送るんだろうけどさ」
なんか……分かる気がする、その不安の正体。
「それって、この世界が仮想世界だって認識するのが怖いってこと?」
「……まあ、それもあるけど……」
「え、分かる。分かるよ、その気持ち!」
予感がした。渡会さんが僕と同じようなことを思ったんじゃないかって。それが的中した。
「は?」
「なんかいけない思想を信じてしまう感覚だよね? 分かるー、すごい分かる! 僕もここは仮想世界なんて思ったら、なんか不安な気持ちになるからさー」
「あ、うん。分かった、分かったから。あんま近寄ってこないで」
「あ、はい。ごめんなさい」
渡会さんと一緒に住むことになって約二週間。それなりに距離感は確立してきたと思うけど、やっぱりどこかで一線は引かれてる。
だけどそんな彼女も僕と同じ境遇にいる一人で、時々しんどそうな一面を垣間見せる。
そういう時は支えなきゃと僕は思ってしまうわけで、たとえ彼女が拒んだとしても家族の辛そうな顔を前にすると、僕は助けたいと思うから。
「でも、あの……そういう話は僕も分かるからさ。なんかあったら言ってよ。話、乗れると思うし」
「別に普通にするけど、今みたいに近寄ってこられるのは困る」
「あ、はい。気を付けます」
話をしてくれないというわけではなさそうだし、これくらいは許容範囲か。




