第87話 冷たい彼女とお買い物
バスに乗っている間、僕は寝てしまっていた。ずっと気を張っていたのか、テストが終了したんだと体が分かり始めると、徐々に力が抜けていって瞼もすーっと落ちていた。
渡会さんがいなかったら乗り過ごしていただろう。彼女のおかげで危なげなく目的のバス停を降りて、僕たちはそのまま駅前のスーパーまで来た。
「あれ? 渡会さん、なんでかご持ってるの?」
お菓子コーナーに来るや否や、渡会さんは床にしゃがみ込む。その横には黒の買い物かごが置いてあった。それは僕が入口で取っていた買い物かごとは別のものだ。
「自分のお菓子とか飲みたいものは自分で買おうと思って。なんでもかんでも孝子さんの財布から出してもらうのはさすがに悪いし」
「あぁ……」
確かになと思いながら、孝子さんに出してもらっていた過去を思い出して罪悪感を覚える。
ま、まぁ……バイトするようになってから自分の欲しいものは自分で買ってるし……今着てる制服のカッターシャツとジャケットも自分のお金で買ったし。
「ていうか、渡会さんって十円駄菓子好きだよね」
「十円駄菓子というか、特にうますぎダツボウが好きってだけ。安いし美味いから。他のやつは気分転換に食べてるだけだよ」
渡会さんはそう言いながら、買い物かごにものすごい量のうますぎダツボウをドサッと入れていた。もう底が見えないほど埋まってる。どんだけ食べるんだ……。
「多くない……?」
「まとめ買いしたらこんなもんだよ。あたし、弁当食べた後とかにも食べるから」
「あ、そうなんだ。すっごい好きなんだね」
「まあ、このうますぎダツボウに育てられたって言ってもいいぐらいには食べてきたから」
渡会さんがその十円駄菓子に向ける眼差しはとても真っすぐで煌めいている。まるで少女のように純粋無垢な瞳で見つめていた。
「そんなに買うならもう箱で買ったらいいんじゃないの?」
「ネットでもう箱買いしてる。それとは別で今買ってる」
「別、で……」
もうこれ以上は踏み込まない方がいいのだろうと察して口を噤んだ。まあ……こればかりは渡会さんの自由だし。
「とりあえず、昼飯どうしようか。簡単な惣菜とかでも」
「愛田はさ、どうするの?」
僕の声を遮って、渡会さんがふと質問を投げかけてきた。
「え? 僕は、別に惣菜とかでも……」
「そうじゃなくてさ」
言いながら、渡会さんは買い物かごを手に取ってスッと立ち上がる。
「結局、現実世界には帰るのかってこと」
「……うん、帰るよ。両親を救い出したら、そうするってリードさんと約束してるから」
「……そっか」
一言呟くと、渡会さんは物悲しげに自分が持っている買い物かごの中に視線を落とした。
「あっちの世界にはないんだろうなー、この駄菓子」
「まあ、そうだね。現実世界にはそういうのはないかもね」
答えたのは僕ではなく、リペアさんだった。唐突にさらっと僕の口を動かすから内心驚く。心臓が口から出るのかと思った……。
「じゃあ、今のうちに満足いくまで食べとかないと」
「それって、やけ食いするってこと?」
「うん。この世界でこんだけ食べても、現実世界のあたしの体には影響ないだろうし」
確かに、仮想世界でもちゃんと満腹感とか欲求を充たせている。よくよく思えば、そこまでしっかり分かるとか……この世界はすごい技術の結晶だ。
「今は体への影響はないけど、脳がその食習慣を学習して結果的に体型にも反映されちゃう可能性はあるけどね」
「えー、だるっ。好きに食わせてよ」
「いや、今は好きに食べてもいいと思うよ? 後悔はしたくないだろうし」
「じゃあ食べる」
僕は心の中で、もう好きにしてくれ……と思った。それとは別に、渡会さんにも僕と同じように名残惜しいと思うものがあるんだと、勝手ながら少しだけ親近感が湧いていた。
渡会さんとはあまりウマが合わないのではないかと心配だったから、それが今少しだけ解けた気がした。
「僕も、久しぶりに食べようかな。うますぎダツボウ」
最後に食べたのは小学校低学年ぐらいだったか……。楓が持ってきてくれたものを一緒に食べた記憶がある。
その時に食べた味ってなんだったっけなー……と、しゃがみ込んで駄菓子を取ろうとしたら、その棚にはもう一本も置いてなかった。
「もうないやん」
「まあ、あたしが全部取ったし」
「……あの、一本だけでも食べたいんですけど」
「あ、うん。いいよ」
案外すんなりと譲ってくれるんだ。てっきり一本もあげませんとか言われるものかと思ったのに。
譲ってもらえるのならと、渡会さんが差し出してくれてるうますぎダツボウを掴もうとしたその時、渡会さんの手がすっと後ろに引いた。
「問題です」
「え? 急に?」
「中間テストは今日までだから」
「……でも、その問題は多分、範囲外だよね」
「理不尽もまかり通ってしまうような世の中だから範囲外とか関係ないよ」
厳しいなぁ、世の中って。まあそれは就活をしてる時に味わったけど。
「それって一問だけ?」
「うん、最終問題」
「……分かった」
数問出されるってなったら諦めたけど、一問だけというなら付き合ってもいいだろう。




