第84話 そのための一歩
「こんなことで、解決なんてしないよね。でも、渡会さんがさっき口にした言葉は、今ぶつかってる問題から逃げたいっていう心の声だよ。そんな状態で問題解決に挑もうとしても、きっと結果は同じになる」
今になって理解した。あの過去があったから分かった。
自分の無力さに打ちひしがれていたこと、体の問題で何もできない自分に冷たい視線があったことをどうにかしないとダメだと……焦って、悩んで、もがいて、苦しんでいた。
そしてその間に解決したことはなに一つなかったし、むしろいろいろ無理して体を使ったことで、疾患は中学にあがってもすぐには回復しなかった。
本当なら小学校卒業までにみんなと同じ普通の体になれてたかもしれないのに……僕は、むしろ事を大きくしてしまった。
思い返せば、あの時の僕は一人で抱え込まずに家族に話すべきだった。
自分のことだからと、僕ひとりだけで解決しようと、誰かに悩みを打ち明ける自分の情けない姿を晒したくないと、一人で奮起してた。
もっと早くに家族の誰かに話していたら、結果は違ったのかもしれない。
「だから、一度逃げるんだ。というか、その擦り減った体力を回復しないと、ずっと辛い状態しんどい状態が続くだけで一向に解決なんてできない。回復じゃなくても、鍛えるとか誰かに教えを乞うたりしてもいい。渡会さんは一人じゃない。少なくとも孝子さん……と、僕がいるし」
本当に力になれるかは分からないと思って、最後はつい自信なさげに自分もいるのだと付け足した。
ここまで首を突っ込んでおいて自分を出さないのはあまりにも虫がよすぎると、罪悪感を抱きたくないと考えたが故の逃避行為を、こんな肝心な時にやってのけてしまう。
どうやらこういう情けないところは、まだ治ってないらしい。
「その……問題を解決しない事を選ぶんじゃなくて、一度引いてまた挑むという選択もやってみていいんじゃないかなって。戦うのを諦めるんじゃなくて、戦う準備をもう一度整える感じ」
自信をもって言える解決策がないから、頼られるほどの器を兼ね備えてないと自覚してるから。
そんな僕の口から出るのは、判然としない、感覚レベルの提案。ここまで来て、出過ぎたことをしたかもしれないと内心後悔してる。
渡会さんに少しでも元気になってもらいたくてしたことなのに、当の渡会さんにこれといった表情の変化は見られない。
「あぁ……いや、ごめん。なんか有耶無耶なこと言って。だからって、僕が渡会さんに何をできるかは分かんないし……」
果てには謝罪の言葉を口にする始末。あー……かっこ悪い、情けない。筋を通すなら最後まで通すべきなのに……。
ここ最近ずっと、自分の弱さをひしひしと感じている。それを克服するのに一朝一夕でどうにかなるものじゃないと分かるから、なおのこと無力感に蝕まれる。
僕の頼りなさに呆れたか、渡会さんは静かに俯くと、ひっそり息を吐いた。
「……ありがとう」
返ってきたのは、ただ純粋な感謝の言葉だった。
「すぐには、無理かもだけど……ちょっとずつ、頼ってみようと思う」
顔は見えなかった。そして渡会さんの声は、ちょっとだけ震えていた。
「……分かった。待ってる」
小さくなってる渡会さんを見て、僕は大丈夫だと軽く肩を叩いてあげるべきか考えたけど、僕ごときがそんなことをするべきじゃない気がした。
だから、ただ一言そう返して、僕は無理やりでもその場を去る。
これだけは分かる。僕は今その場から逃げたのではなく、渡会さんを一人にした。それは彼女を見放したわけじゃなくて、渡会さんの考える時間を邪魔しないための配慮だと。
なんにしても僕のやることは結局変わらず、ただ目的のために突き進むだけ。僕が選んだこの征く先がどんな結果であっても受け止める。
僕はここで、彼女の前で、そう言い張ったのだから。
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「おう、介。遅かったな」
「ごめんごめん。遅れた」
足早に別棟の非常階段に向かうと、既に瓢太がいた。購買部で買ってきたパンを口にくわえるところだったらしい。
「大丈夫か?」
「あ、うん。ちょっと寄り道してただけ」
「学校内で寄り道……初めて聞くなぁ……。さては女か?」
瓢太のその発言は適当言ってるのか本気で訊いてきてるのか分からない。今回は的を射てるけど、いつものテンションで言ってるから余計分かりづらい。
「まあ、いずれ話すよ」
「え、はぁ!? なんだよそれ! 気になるじゃねぇか!」
静かにパンを咥えようとしてた瓢太だったが、急遽その口が激しく動きだす。
「いやまあ、被験者絡みの話とだけは言っておく。瓢太も交えて話したいと思ってるから」
「なんだよそれ。てことは、いつか話すわけ?」
「一応、テスト明けにしようとは言った。今はテストに集中しないとだし」
「あー……まあ、そっか。テスト明けかー」
他人事のようにそう言いながら、瓢太はパンを噛みちぎる。
「無理そう?」
「まだ分かんね。明後日の試合次第かな。それ勝ったら次は決勝。決勝はテスト明けの日曜だから、それ終わったらもう引退。その時なら俺いける」
「分かった。となると……再来週は確実か」
「だな。それくらい」
言って、瓢太はまたパンを噛みちぎる。
再来週となると、その時期は十一月にある文化祭の準備が忙しいかもしれない。
テスト明け早々に文化祭の出し物の準備が始まる。そうなると、被験者だけで集まってゆっくり話せる機会はそう多くないかもしれない。
「おけおけー! 被験者みんなで集まるってことだね!」
「あ……はい」
瓢太がパンを飲み込む前に、クリエイトさんが喋り出した。そのせいでパンくずとか色々なものが僕の顔にへばりついてきた。普通に最悪なんだけど……。
「クリエイト。瓢太様が物を咀嚼してる時は話さないようにしてください」
「そうだよ! パン切れちょっと分無駄にしたやんけ!」
瓢太のその叫びで、パンくずをより細かくした何かが更に飛んできた。最悪だ。
「瓢太、ティッシュ持ってたりする?」
「持ってない。クリエ、責任もって出して」
「ほいー」
クリエイトさんは瓢太の手のひらを上に向けると、次の瞬間にはティッシュの箱がパッと現れる。
瞬きひとつすれば軽々と見逃してしまう生成の速さだった。
「あれ? 手のひらサイズ以上の物も出せるの?」
「うん、できるよー!」
「その代わり、頭ボーっとして眠くなってくるけど」
「そうなんだ」
僕は瓢太からティッシュの箱を受け取り、取り出し口を開ける。その中に詰め込まれていたものは、確かにティッシュの紙だった。
見かけだましかと内心ちょっと疑ってたけど、さすがにそんな半端な力ではない。
しかし、同時にそれは、この世界が現実でないことを意味する。相手の脳内を覗いたり、傷を一瞬で治したり、何もない所から突然物体が現れたり。
僕はどこかで、そういう技術はこの地球のどこかにあって、それがまだ世に知れ渡ってないだけだろう……なんて、この世界が仮想であることにずっと懐疑的だった。
でも、もう認めざるを得ない。認めなければ、受け止めなければ、進もうとしなければ、きっといつまで経っても何も変わらないまま。
疑念半分、覚悟半分。友情半分、期待半分。仁愛半分、期待半分。
結局、僕の心はどちらともつかないまま、高校最後の中間試験を迎えることになった。
この回で第二巻目の一区切りになります。「序:仮想世界〈ユートピア〉 立志編」はここで完結になります。それと申し訳ないのですが、ここから先は【不定期更新】とさせてください。一定量が完成したら随時投稿していきます。投稿再開する時は活動報告します。気長に待っていただければ。
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