第82話 今はこのままで
「まあ、僕がこうして引き下がったとしても、渡会さんが賛同するかはまた別の話です。もしかしたら彼女は現実世界に戻ることを選択するかもしれないですから」
そんな嫌味を吐かれることもまた、僕は予想できてなかったわけじゃない。
「うん、分かってる。だからテスト明けとかに改めて話したいんだ。僕と渡会さん、そして被験者全員で」
デリートさんやクリエイトさんだけの承諾を得ても、瓢太と渡会さんが協力してくれなければ意味はない。結局、被験者とAI、両者を交えて話す必要がある。
「え、被験者はもう全員集まってる……?」
「はい。クリエイトとは、昨日合流しました」
「あ……そうなんだ」
その話はまたいずれするとして……
「渡会さん、いいかな? テスト明けに話したいんだけど……」
先にここで渡会さんと約束を取り付けておく。その後、昼食の時に瓢太にもこの話をして協力を仰ぐ。完全に拒否されるまで、僕はできる限りのことをするつもりだ。
「……あれ? 渡会さん?」
「玲奈様。体は共有しているだけなので、例えデリートが何かしていても渡会さんはいつでも体を動かしたり話したりできますよ」
「あ、そうなんだ」
うん、分かる、分かるよ。僕も最初は乗っ取られてると思ってたから。
「で、ごめん。なんだっけ? あたしも話に参加するってこと?」
「そう。テスト明けに話したいんだけど、いける?」
「……ちなみに、被験者って何人いるの?」
「今は三人。僕と渡会さん、そしてもう一人は赤井澤瓢太っていう僕の友達」
「被験者は全員で何人とか……」
「リードさん達曰く四人だけど……訳あって三人になってる。話すと結構ややこしいんだけど」
仮に話すことになっても、そもそもその内容を分かりやすく話せるか分かんないし、話せたとしても理解してもらえるか分からないけど。
「まあでも、要はあたしの中にいるこのデリートっていうAIの力を貸して欲しいんだよね?」
「まあ、そうなるけど……」
僕がその質問にはっきりと頷いてしまえば、渡会さんに自分は必要ないんだという意味で受け取られてしまいそうで、つい言葉を濁した。
しかし、懸念してた通り、多少なりともそういう意味で伝わってしまってるようだった。
「よく分からないけど、あたしの体がなくてもこのAIの力を使えたりしないの?」
「不可能です」
早急にリードさんがそう応えた。
「この世界は私達AIのために設計されていません。AI専用であれば、私達AIの姿形を再現したアバターに各々が入り込み、自分が持つ〈AIの力〉も無条件で使用できます。でもここは人専用の仮想世界、フルダイブ型シミュレーションワールド「IZ」の領域。本来私達AIは許可なく入場できない空間ですので、もし〈AIの力〉を使うとなれば、それなりに制約もあります」
「あー……なんか話が面倒そう……」
思考を放棄したくなるその気持ち、すごい分かる。
「現実の方は、どうなってるんだっけ?」
「現実世界では、今なお生存している人と敵AIが交戦しています。もちろん、あなたたち被験者はその戦場の最前線とは離れた場所で眠ってるため、現状交戦の被害が及ぶことはないです」
「あぁ……」
もう諦めと気怠さが、声だけでなく表情からも見て取れる。渡会さんはひと通り満足したのか、またさっきと同じ階段に腰を落とすと、置かれていた弁当箱を膝の上に置く。
「そっか。現実世界に戻っても、結局地獄なんだ」
「え、どういうこと?」
「別に。ただこうして平穏に生きられるだけでも、ありがたいことなんだろうなって」
なぜか分からないけど、渡会さんのその発言ひとつひとつに彼女の内に秘めた複雑な心情が垣間見える。単にそういう言葉遣いをするというだけで、特に含意はないのかもしれないけど。
「渡会さんの未成年後見人の人、行方不明なんだよね?」
訊くと、渡会さんは「うん」と頷く。
「なら、その人も探すよ。その人が帰ってきたら、渡会さんも元の暮らしに戻るし」
「……どっちでもいいかな、正直」
それは、僕が思っていた回答とはかけ離れていた。
「え、なんで?」
「だって……この世界はあたし達被験者以外、作り物なんでしょ? それならもう、この世界のことは何もかもどうでもいいやって」
あぁ……彼女は今、昨日の僕のようになってる。でも、僕とは違って深く落ち込んではいない。彼女はちゃんと分別を付けられている。冷静さは欠かず、しかし諦観はしているようだった。
僕も一度通った道だから分かる。自分以外の全てが仮想という事実を知った時の虚無感。ふと、僕の意志に反して口が勝手に開き出す。
「玲奈様は、現実世界に戻らないのですか?」
「現実世界に戻っても、結局地獄が待ってるんでしょ?」
「……そうですね」
「じゃあ、今はこのままでいいや」
渡会さんが察したように、僕もリードさんの返答を聞いて現実世界の状況を察した。
思えば僕は、現実世界について詳細には把握してない。かと言って、今はその実情を知ろうとも思ってない。
いや……考えたくもないと言った方が正しいのかもしれない。リードさんからは、現実世界にいる人達もAIと戦ってることは聞いてる。
僕はどこかで、両親を救出したらAIとの戦いが全て終わるのではないかと、そんな甘い考えが頭のほんの片隅にあった。要するに、都合よく解釈していた。
「テスト明け、またこの話できないかな? もちろん、明日はテスト勉強だけするつもりで、今日の話は持ち出さないから」
何があるか分からないけど、とりあえずこの時期はテストにだけ集中したい。
その間に敵が現れたら話は別だが、それでも今は目の前のテスト、その先に響くであろう就職のことだけで頭がいっぱいだ。
しかし、僕の質問に返ってくる声はなく、渡会さんはただ静かにひとつ頷いただけだった。僕はそれを了解と捉えた。
「ありがとう。ごめん、お昼の邪魔して。そろそろ行くよ」
簡単に言い置いて、僕はそのまま階段を下りていく……つもりだった。
「愛田」
すると、後ろを向こうと体を捻った時、渡会さんがふと僕の名前を呼ぶ。
「悪いけど……この弁当、残してもいい?」




