第81話 この十八年の記憶は
「あなたの性能なら、それがどれだけ難易度の高い任務なのか正確に演算できるはず。それにこの世界はすべて仮想。僕たちAIと被験者の四人以外は現実世界に存在しない。そんな人を救出しても、現実世界に戻って会えるわけじゃない。意味ないよ」
「……そう、ですね。意味……ないかもしれないです」
思わず僕は笑みをこぼして、そう応えた。
助けたところで、現実世界で会える人達じゃないっていうのも、もう理解している。僕が望んでいることがどれだけ無謀で、無意味なのかも分かってる。
心がなくなりそうなくらい、しんどくなって考えたことがある。
「両親が、家族が現実世界に存在しない人達だって聞いた時、僕は意味のない時間をこの世界で過ごしてたのかって、思った。リードさんに最初会った時に誤って現実世界に戻るボタンを押しとけばって……そんなことも思いました」
「じゃあ、」
「でもね、デリートさん」
一度投げ出そうとした。全てを投げ捨てて、僕は逃げようとした。今思えば、その時の僕は体だけじゃなく心も虚弱な人間だった。
でも、もうそんなことはしない。しないように意識しないと、また同じ穴に落っこちてしまう。
他人から見ても他AIから見ても、それが無意味なことだとしても、僕にとっては生きることと同じくらい必要なことだから。
「僕は……教えてもらったんです。この世界が例え仮想だとしても、僕がこの世界で感じてきたこと、貰ったもの、行った場所。僕がこの世界で過ごした時間は、誰が何と言っても、事実であることに代わりないって」
自分が口にしている言葉は僕の本心であると認めながら、一言一言を噛みしめていく。
「この世界で出会ってきた人達とか見てきた景色は、仮想だけど……でもその時の記憶は、嘘偽りのない、かけがえのないものだって分かった。僕がこの世界で体験してきたことは、決して仮想なんかじゃない。僕の中にある十八年の記憶は仮想じゃない。ここで生きてきた今までのことは、純粋な本物で、覆らない真実で……絶対に現実なんだ」
例え僕が現実世界に戻ろうと、この世界で生きたという記憶が無かったことにはならない。
過去が変わらないように、事実が覆らないように、僕がこの世界で培った全てが消えたりはしない。
ずっと胸元のシャツを握っていたデリートさんの手が離れようとしてるのを、逆に僕からその細い手首を握って少しだけこちらにぐっと引く。
「いっ……」
すると渡会さんの声が僅かに漏れているのが聞こえて、僕は握ったその手を少しだけ弱める。そして、まだ伝えきれてない自分の信念を言い放つ。
「だから、この世界の家族が現実に存在しない人達だとしても、僕はその家族との思い出を無かったことにしたくないし、貰ってきたその厚意に感謝を伝えたいし……謝りたいこともあるから、謝りたい。だから助けたい。この世界の、僕の家族を」
僕には家族にしてあげたいことがある。それは彼ら彼女らと会う前からずっと心の中にあった蟠りで、僕の人生の指針の一つと言ってもいい。
だから助けないと、その蟠りを晴らすことも、ましてやこれまでの感謝を伝えることもできない。
「デリートさん……僕からもお願いです。協力していただけませんか」
我がままだって分かってる、無理を強いてることは自覚してる、最終的に意味のないことだと理解してる。
だとしても、僕はもう揺るがない。仮想の家族を救出する事に躊躇ったりしない。
そのために誰かの協力を求めるし、その協力を得られなかったとしても……僕がやると決めたことをもう曲げたりしない。
「愛田くんは、理解してるんですか? それがどれだけ大変かって」
僕の思いは伝わってないとばかり、冷静な瞳と声音で返された。
だけど、その返答が予想できてなかったわけじゃない。その答えが来ることももちろん、覚悟はしていた。
「最悪、この仮想の地球を巡る戦いになるかもしれない。何年経っても両親を救い出せない可能性もある。手遅れの場合だって考えられる。それだけじゃない。戦うというハードルの高さ。それを渡会さんが担ってくれる保証はない。可能性の話だからこれ以上挙げればキリはないですけど……。助ける、協力して欲しい。その言葉の重みを、愛田くんは理解できてるんですか?」
理解はできてる。ただ、頭ではなく感覚での話。助けることがどれだけ大変なことかは、楓を助ける時に思い知った。
でもその時の体験が必ずしも両親を助けられる保証にはなり得ない。だから、そのデリートさんの質問に対して、僕はこう言うしかない。
「理解してる……とは、はっきりと言えないです。でも、協力できない。そう言われた場合は、僕一人だけでも挑みます」
「そんな無茶をしなくても……」
「無茶だとしても、僕にとってこの世界の家族は命と同じくらい大切な存在なので。だから、僕は無茶をしてでも助けにいく。例え手遅れだったとしても、その時は家族の最期を必ずこの目で看取る。その覚悟です」
おそらく質問の答えにはなってない。でも僕は……曲げない、揺らがない。ただそれだけをデリートさんに伝えることが、僕が今できることだと、それしかないと思った。
「おそらく、介様がこの無念を晴らさず現実世界に戻ったら、介様の精神状態が不安定になってしまう。だから私は、介様のその主張を優先しています」
「まあ、二対一ってことで。俺が何言っても揺るがないわけよ」
どういう形でも、リードさんとリペアさんは僕の我がままに理解を示してくれてる。
僕がこの信念を貫けているのは、もちろん二人の理解があってこそ。あの強大な力を前にしてなお、僕がこうしていられる理由も二人がいてこそだ。
「でもデリくんは自信もっていい。デリくんの言ってることは最もリスクがなくて、最も安全に俺達の目的を達成できる最善策だ。でも……現実は、被験者たちの思いを排除できない。人は理論じゃなく、自ら得てきた経験と形成してきた感情で動く」
慰めもあり、けれど諭すつもりでリペアさんはデリートさんに説いた。
リペアさんは僕が握っていた渡会さんの手首をやんわり離すと、その手を今度は渡会さんの左肩にそっと置く。
「なあ、デリくん。俺達AIは、何のために存在してる?」
唐突に投げかけられる問い。デリートさんの表情が険しく歪むが、それでも彼は渋々といった具合で答える。
「僕達は……『人が皆幸せに生きられる社会と、地球に優しい環境の実現を』目指すため……」
「そう。俺達は、人と地球のため、サポートに徹するだけだ。人類滅亡の危機にある今でも、やることは変わらない」
「……そうですね」
うろ覚えだけど、今デリートさんが言ったことは、コピーが同じことを言ってた気がする。
AIにそんな役割があったんだと、その時知った。それに反する形で、今は人が世界から排除されようとしてる。なぜそんなことになったのか……なんて、今は考えるだけ無駄だろう。
例えリードさんやリペアさんから説明されたとしても、僕はきっと理解も納得もできず、ただ苦い顔を浮かべるのだろう。今、デリートさんがしてるように。




