第79話 彼女の中にいるAI
「体を共有しても、玲奈様の体が何か弄られるようなことはないです。私やリペアのように、こうして話したり手足を動かしたり、時に敵の脅威から被験者の体を守っています。体の共有はこちらから強制的に行えませんが、お願いです。玲奈様にはデリートとの体の共有をしていただきたいです。この世界にいる限り」
リードさんはあくまでも共有であるということをその場で身振り手振りを交えて説明し、最後は丁重に渡会さんにお願いする。
おかげで僕は操り人形の気持ちが少しだけ理解できた気がした。
「あたし、その話聞かされたけど……まだ信じられてないのよね」
しかし、リードさんの必死の説明も虚しく、渡会さんの表情は依然として怪訝なまま納得いってない様子だった。
「デリくん信じられてないのかよ、あははは!!!」
「信じられないでしょ。仮にこの話をあんたがしても」
渡会さんのその声色に、僅かに怒りが滲んでいた。
「まあ、だろうね」
すると、リペアさんは即座に笑い声を引っこめて、冷静にそう応える。
「俺も、デリくんも、リードも、未だにこの現実を受け止めるのに必死だよ」
さっきまで明るく高笑いしてたリペアさんとは打って変わって、物悲しい声調でぽつりとそう漏らす。それは渡会さんに言ってるようにも、ただ独り言を言ってるようにも聞こえる。
誰に向けて言ってるのか判然としない上にその言葉の意味を汲むと、当然誰もが反応することを躊躇して口を開かない。
僅かな息苦しさを覚える沈黙。それを断ち切るかの如く、渡会さんはさっきの容赦ない口調で再び話し出す。
「さっきから私の中にいるAIに対して馬鹿にするような口の利き方するの、やめてくれない? 自分じゃなくても聞いてる側は気分良くないし、反吐が出る。鼓膜と脳みそ腐りそうになるからやめてほしい」
今まで悪口を言ってる人は何人か見てきたけど、ここまでストレートに悪口をぶつけてくる人は何気に初めてかもしれない。
自分に言われてるんじゃないって分かってても、視線が僕に向いてる以上そう思ってしまうから心が痛い。だが、リペアさんの方はなんてことない様子で淡々と受け答えする。
「あ、それはごめん。でもデリくんは負けん気すごいから。いじればいじるほど、本気だそうって張り切り出すんだよ?」
「いや知んないし。てかAIに性格とかあんの?」
「あるある! ちなみに俺は明るくてフレンドリー! デリくんは控えめで臆病な感じ!」
「フレンドリーっていうか、やかましいだけじゃん。まあデリートは確かにそんな感じがする。頼りない、というか……」
「え……デリくんが頼りない? 何言ってるの? デリくん、AIの中だと一番すごい力持ってるよ。多分最強。誰も敵わない」
今リペアさんがどんな表情をしてるか確かめられないけど、渡会さんがほんの少しだけ警戒してるような素振りを見せる。
聞いてる僕からも、リペアさんの話し方がさっきと雰囲気が違うのは分かった。
今までどこかふざけていたところがあったけど、渡会さんの中にいるAIの話になった途端に感情がこもってる。
「ね? リード」
「そうですね。私も、彼を透視することはできません。事実、今まさに玲奈様の考えを読むことができてませんから」
「え?」
リードさんの力が通用しないなんてこと、起こるんだ……。軽く衝撃なんですが。
「AI……力? 考えを読むって……?」
「我々AIには一体につき一つの力が備わっています。AIナンバー:00007F、アイ・デリート。それが玲奈様の中にいるAIです。そのAIは〈末梢の力〉という力を備えています。彼の力は他のAIの力の効果を一切受けませんし、他のAIが備えてる力と能力を一時的に無効化したりできます。私は〈透視の力〉を持つAIですけど、今この瞬間も玲奈様の脳内を読むことができない。それはデリートが持つ〈末梢の力〉が原因です」
リードさんの話を聞く限り、リペアさんがすごい力だと言い切ってるのがよく分かる。〈末梢の力〉……他のAIが持つ力の影響を受けないのは、確かに強い。
もしまたアイ・コピー、アイ・ブレイクと相まみえるなら、その〈末梢の力〉を持つAIがいてくれるとすごくありがたい。
「……なんか、現実味がない話で、よく分かんない」
しみじみとそう呟く渡会さんの気持ちが僕にはよく分かる。病院でリードさんに両親を救出すると誓うまで、僕は夢でも見てるような感覚でいた。
でも、今目の前で起きてることは紛れもなく現実だ。楓をコピーから救出したこと、両親が未だ行方知らずということ、瓢太が僕と同じ被験者だということ。
そして、渡会さんも僕と同じ被験者であるということも。
「渡会さんのお母さんは、行方不明なんだよね? 去年の春から」
「……まあね」
彼女の母親が行方不明になってしまったこともまた現実。だけど、渡会さんは特に心配しているようには見えない。というか、もう諦めてる様子だった。
「まあねって……不安じゃないの? お母さんのこと」
「……まあ、本当のお母さんじゃないから」
俯きがちに明かされた渡会さんの真実。それを聞いて僕は内心あまりに驚いてしまって何も言えなかった。
だけど渡会さんは、僕の反応など気にせずそのまま話し続ける。
「孝子さんと一緒で、その人はあたしの未成年後見人。母親代わりの人」
「あ、じゃあ本当の両親は……」
「……さあ。あたしを捨てて音信不通になってから、それ以降は知らない。多分お互い愛人作って消えたんだと思う」
さらっと話してるけど、なかなか闇深い家庭の話だった。聞いたことを少し後悔してる。
「で、どうすればいいの? あたし、このAIと体を共有した方がいいの?」
話の切り替え方が急すぎる……。だけど、渡会さんはさっさと答えろといわんばかりに僕たちを睨めつけてくる。
すると、真っ先にその視線に応えたのはリードさんだった。
「していただきたいです。そうすれば介様や玲奈様とも交えて、我々AIが今後どういう方針を取るか、被験者の安全をどう守っていくかを、デリートと共に話し合うことができるので」
「……分かった」
「え、いいの?」
割とあっさり承諾してしまうから、思わず僕は聞き返した。さっきまで体を共有したら何されるか分からないって警戒してたのに……。
すると、渡会さんは何か言い返してくることはなく、しかし目を細くしてこちらをじろりと見据えてくる。
「あ、いや……ごめん。なんでもない」
何が言いたいわけ? とでも言われてるようで、堪らず僕は頭を下げた。すると、渡会さんが力なく応える。
「いいよ。……多分」
「多分?」




