第78話 三人目の被験者
「というか、いつもこんな埃っぽい場所で食べてるんだ。お弁当にゴミとか入っちゃうんじゃ……」
「いいよ別に。あたしにとっては、胃に入ればすべて同じ」
さすがに健康面に影響出る可能性があると思うんだけど……なんて内心思いつつどう返答したものか困り果ててると、渡会さんが何か思い出したのか、はっと顔を上げる。
「あ、弁当ありがとう。残さず食べるから。それは安心して」
「あ、いや、せめて嫌いなものとかあったら言ってもらって全然いいよ」
「あるけど、他のものと一緒に飲み込めばいける」
「そんな無理して食べなくても……」
「胃に入ればすべて同じだから」
そんな脳筋みたいな理屈で食事をしなくても……。
「ていうか、好きとか嫌いとか、そんな贅沢なこと言ってらんない。あたしが嫌いな食べ物にだって少なからず栄養はある。そう思ったら、例え苦手なものだとしても食べられる気がするから」
彼女のその言い分にはっとさせられた。好き嫌いが贅沢な思考だと、今まで考えもしなかった。
この高校生活、思い返せば生きていくことの大変さが身に染みた三年間だった。
例え嫌いなもの・苦手なものでも食べる。仕方ないと言い訳じみた思考はこの数年間、どこかで確かにあったけど、それは彼女の言う贅沢に値するものなんだろう。
「てか、いいの? こんなとこであたしと話してて。友達待たせてるんじゃないの?」
「あ、いやその……」
確かに瓢太を待たせるわけにはいかないけど……一人でいる彼女を置いて去るのもなんだか気が引けてしまう。
「初めまして、渡会玲奈様」
どうしたものかと逡巡してると、突如僕の口が勝手に動き出した。その声がリードさんだと分かって一瞬安堵したが、同時に脳裏には西東さん達が見せていたあの鈍い反応が過る。
「ん、誰?」
まずい! そう思った矢先、渡会さんがリードさんの声に反応していた。僕はその想定外の反応に、思考が停止する。
その間、リードさんは踊り場に突っ立っていた僕を差し置いて階段を上っていき、渡会さんの前まで歩み寄る。
「私は、アイ・リードと言います。被験者である愛田介様と体を共有しているAIです。以後、お見知りおきを」
「……ふーん、やっぱり被験者だったんだ」
「……やっぱり、って……」
渡会さんが、リードさんの声に反応してちゃんと受け答えしてる。ってことは……彼女……僕と同じ被験者!?
「ということは、玲奈様の中にも既にAIがいるということでしょうか?」
「……まあ……」
いや……え? これから一緒に暮らそうとしてる渡会さんが、まさか被験者なの!?
「おーい! デリくーん! いるんでしょー! 早く出ておいでよー!」
「ちょっ、リペアさん! いきなり出てきてはしゃがないでよ……」
目前の渡会さんの対応に呆気に取られてたら、いきなりリペアさんが表に出てきてなにごとか叫び出す。思わぬテンションの高さに、慌てて僕はリペアさんを押し留めた。
すると、さっきまで涼しげだった渡会さんが、一つの体から複数の声が聞こえてきたことに驚いてる様子だった。
「え……あなたのAI、情緒どうなってんの?」
「あ、いや……今話したのはリードさんじゃなくて、別のAIなんだ。てか、渡会さんって被験者だったんだ!?」
「だったら何?」
「……え?」
まるで卓球でラリーをしてたら急にスマッシュを打ち返されたような、そんな返答だった。
思いもよらない言葉の打ち返しに動揺して、おそらくこの話を続けても答えてはくれないのだろうと、僕は逃げるように話を変える。
「いや……えっと……あ、渡会さんの中にいるAIってどんなAI?」
「そんな苦し紛れに話を絞り出さなくても……」
もう一度始めようとしたラリーを、今度は打ち返してくれなかった。ついでになぜまた始めたんだとばかりに困惑した顔を向けられてしまった。
それにどう返せばいいか分からず、ついに何も言い出せず僕は黙り込んでしまう。すると、僅かな沈黙の間を置いて、渡会さんは渋々といった感じで口を開く。
「あたしの中にいるAIは」
「アイ・デリート、でしょ!」
渡会さんが言うはずだった答えを搔っ攫っていったのはリペアさんだった。
「……なんで分かるの」
「そりゃまあ、俺たち一緒にこの世界に入ってきたから。ちなみに被験者の名前と顔、その他諸々の特徴は把握して来てますから!」
「じゃあ、あたしが昨日孝子さん家で挨拶した時、あたしが被験者だって既に気づいてたってこと?」
「うん」
「はい」
え、二人とも気づいてたなら言ってよ! 食事の後に色々話してた時にでも言ってくれればよかったのに!
「そういう玲奈様も、介様が被験者であることをデリートからお聞きしたりしませんでしたか?」
「……まあね。なんか知らないけど、申し訳程度に『あの愛田介という方は、渡会さんと同じ被験者です』って言ってた。無視したけど」
「デリくん無視されてんだ、あははは!!!」
何が面白いのかよく分からないけど、リペアさんは高笑いをあげた。
「ねぇ、その声デカAI、抑え込めないの?」
「いや、体を共有してるから、そういうのはちょっと……」
「あ、そいつとも体共有してるんだ」
「うん。渡会さんは、してないの?」
「してないよ」
してないのか。
でも、体の共有について知ってるってことは、渡会さんの中にいるAIが体の共有についてもう話をしてるってことだよね? その上で共有してない……ってことになるのか。
「体を共有するといった内容が書かれたウインドウ画面を、デリートから見せられたりしませんでしたか?」
「したけど、体共有したら何されるか分かんないから拒否した」
「デリくん拒否されたんだ、あははは!!!」
僕の時は目の前にコピーが現れて咄嗟にリードさんと体の共有をしちゃったけど……でも、体を共有した後にそういう心配もちょっとしてたっけなぁ……。




