第75話 濃密な一日を振り返って
みんなで鍋を囲んで食べる時、僕が考えてたことは渡会さんに対するおもてなしの心ではなく、楓の食卓事情だった。
本当だったらあのテーブルを一緒に囲んでいたんだろうと、脳裏に何度もちらついて、時々暗い顔になってしまっていたかもしれない。
渡会さんの口から楓の話が出た時は、正直に警察にお世話になってることを話した。
しかし、楓がどれだけ良い子だと伝えたとしても、警察の元にお世話になってるというだけで怪訝な目で見られてしまう。
この先、楓の経歴を話す機会が少なからずあると思うと、楓の将来に対する不安を拭える気がしない。
『もう十分くらい机に向かって黙り込んでるけど……大丈夫? 介くん』
夕食を終え、自室で一人考え込んでいた僕の視界に、リペアさんがパッと現れた。少し遅れてリードさんも視界の中に入ってくる。
「あ、うん。まあ……なんか色々あったから、疲れが出てたのかもしれない」
『そうだよね。まあ今日いろいろあったことも含めて、整理していこうよ』
「そう、ですね」
そうして二人と話していくうちに、今日が濃い一日だったんだと初めて思った。話してる途中でもついため息を吐いてしまうほどに。
クリエイトさんとの出会い、コピーの仲間との邂逅、刑事さん達と楓の処分や今後についての話し合い、渡会さんと同居生活の始まり。
ただその中でも特に印象深かったのは、この世界の被験者以外の人間がNPCだという真実と、アイ・ブレイクとの会話。
コピー、そしてブレイクとの戦いは、家族を救うために必要な戦いだった。
僕にとって家族は大事な存在だ。
その存在が完全な仮想だと明かされた時は全てを失ったように思っていたけど、その考えをひっくり返してもらったブレイクには、捕らえなければいけない相手とはいえ、感謝を伝えずにはいられなかった。
どのような形であっても、家族という存在は僕の中で生き続ける。そう言ってもらえた気がしたから。
「やっぱり今日、すごい一日だったんだなー……」
話がひと段落すると、急に全身が気怠くなる。無自覚に肩肘を張ってたのか、疲労感が体の中に染みていくのを感じる。
頭の中でずっと今日一日のことがぐるぐる巡っていて、情報の整理を強要されているみたいだ。
でも、また整理しなおしたところで、僕の目的が揺らぐことはない。
『申し訳ないです、介様』
ふと、リードさんが唐突に頭を下げるものだから、僕はつい「えっ」と素っ頓狂な声を出してしまう。
『あなたに、心の準備をさせず、私は重大なことを話してしまった。そのせいで介様のメンタル面に多大な被害を与えてしまいました』
「いや、そんな謝るようなことじゃ……」
実際、ここまでリードさんが懇切丁寧に謝るようなことじゃないと思う。
「僕も、被験者番号の桁数を見て勝手に解釈してたし……」
『いや、介くんのあの解釈は間違ってはないんだ』
そう言い放ったのは、リペアさんだった。
『今日の昼にもちょっと触れたけど、本当はあの桁数の人間分の実験を行って、この仮想世界の運用の安全性を確かめようとしてた。でも、運用試験開始直後、それがもうできない状況になっちゃったんだ』
『この世界にいる被験者四名以外は全員NPCですが、本当は現実世界の人間の意識が入るためのアバターでした。しかしその時が来ないまま、今もなおこの世界は試験運用を続けている。しかも、この仮想世界から出る術を実装してないというバグを残したまま』
「えぇ……」
さすがに声が漏れた。ずっとこの世界に閉じ込められていたんだと知って、軽く恐怖を覚える。
『そう聞くと、ここは生ける棺だね。出るには外部からの力が必要とか、とんだ欠陥世界だよ。まったく』
『そういう意味では、ここは「火葬」世界かもしれませんね』
『かそう……あ、火で葬るってことね。あははー! リードさん面白い!』
「いや、僕からしたら全然笑えない話だよ!」
気付いたらあの世だった……なんてことがありえたのかもしれない。そう思うと、やっぱり笑えない。
『あっ。あと、俺からも謝っとく。ごめん』
急に笑みを引っこめたかと思えば、冷静に謝意を述べ出すリペアさん。その急な切り替えにはさすがに付いていけず、一瞬理解できなかった。
するとリペアさんは僕の反応など待たず、淡々と話し出す。
『介くんにとっては現実世界よりもこっちの世界の家族の方が大事だってことを分かってなかったよ』
「……だとしても、リードさんとリペアさんの選択に誤りはなかったと思います」
これといった根拠はない。ただそう感じたことを、僕は口にした。
「リペアさんとクリエイトさん、リードさんが、僕や瓢太のためを思って言ってくれたっていうのは分かってます。この世界にい続けたら危険、この世界の人間を救っても現実世界に戻れば意味の無いことだって、そう現実的な部分を教えようとしてくれてたっていうのも理解してます」
頭では分かってる。口ではそう言ってるけど、僕自身は納得しきれていない。……いや、したくないんだ。
「でも……このままリードさんとリペアさんと一緒に現実世界に戻ったら、きっと僕は家族を放ってしまったことをどこかで後悔する。だから今日戦ったアイ・ブレイクと出会ってなかったとしても、多分家族を救出するっていつか言い出してた……と思います」
言って、本当にそうなのか分からなくなって、つい言葉を濁した。案の定、場の空気が淀んでいくのを感じて、僕は堪らず話を逸らす。
「ただ、あの場にいた誰も謝ることはないと思ってます。僕がその現実を受け止められるだけの強さを持ってなかっただけの話なので」
冷静に振り返れば分かることだ。誰も何も悪いことはしてないし、謝らないといけないことをしたわけじゃない。自分があれだけ凹んだのは、両親が僕と同じように被験者だと思い込んでたから。
家族を助けるのは恩返しの意味ももちろんあるけど、現実世界に一緒に帰りたいと思っていたからだ。
『別に、そんなもんだよ』
ふと、リペアさんがそう軽く言い放った。
『多分、というかほとんどの人間が同じ状況だったら、ここが仮想世界だとか君たち以外はNPCとかいう情報をすんなり受け止められないよ。別にそれは強さの話じゃなくて、この世界で生きてきた人としては当然の反応ってだけだよ。だから介くんがそんなことで反省する必要はない』
そう……なんだろうか。その話を聞いてふと僕の脳裏を過ったのは、あの時被験者以外はNPCだという話を聞いて特に驚いてる様子がなかった瓢太だ。
なにか安心したような、そんな表情を浮かべてるように僕は見えた。
『私も、人質に取られていた方が、理解が追いつかないといった表情をしてたのを何度も見てるので、急なことで理解が追いつかないというのはその場にいる人としては当然ですよ』
「リードさんのその例は合ってるんだろうけど……何か違う気もする」




