第72話 帰り道
「なんか、ごめん。色々」
「え、なんで?」
「いや、すっごい迷惑かけてるなって。今日も、本当だったら仕事行ってただろうし。せっかく買ってくれた制服も……ボロボロになっちゃったし。だから、そういう色々なこと含めて……ごめん、だし……ありがとう」
僕がもっと強かったら。この一週間余り、何度そう思ったことか。
「今回のことって、介くんが発端なの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「なら、謝ることないよ。聞いたよ。介くんは暴走してる楓ちゃんを止めようとしてたって」
「刑事さんから?」
「そうそう。何も悪いことしてないなら、別に謝る必要ないよ」
「……まあ、そうかもだけど」
孝子さんが言ってることは正しいんだと思う。それでも、僕の中にある罪悪感が消えることはない。
振り返れば、もっと冷静に対処していれば防げたことがあったと、そう後悔してるくらいだ。
「でも……少なくとも、面倒かけたかもしれないなって」
「あー、確かにそうかも。よくよく思ったら、すっごい面倒だよねー」
「あ……はい。ごめんなさい」
まあストレートに言われてしまったら、それはそれで謝罪をせざるを得ないわけだが。
「でも、なんだろなー……これが一緒に暮らすってことなのかなーって」
「いや絶対違うよ。こんな警察沙汰な生活、普通じゃないって」
「そうかもね」
言うと、孝子さんはふっと小さく吹き出す。軽く一笑終えると、満足げに小さくひと息吐いてから、孝子さんはまた話し出した。
「でも、二人が来る前よりは楽しいって思ってるよ。もちろん、こんな形で二人と暮らしていくのは望んだことじゃないけど。でも誰かと暮らすってこういうことかなって。だって帰ってきたら、いつも家の中が明るいし」
こんな状況でも、孝子さんは微笑んでいる。そう言われることが思いの外嬉しくて、僕もつられて微かに頬が緩んだ。
でも、こんな顔を見られるのが恥ずかしくて、つい窓の外に視線をやる。
「あ、あと今日、一緒に暮らす人がひとり増えるから」
「あ、そう」
僕と楓が孝子さんの元に来る前、孝子さんがどう暮らしてたかは知らない。
けど、孝子さんの元で暮らすことになってから最初の一か月は、確かに今ほど笑ったり暴れたりしてなかった。どちらかと言えば静かな方で……
「え、待ってごめん! 今、孝子さん……なんて言った?」
「え? いつも家の中が明るいなーって」
「いや、その後! 一緒に暮らす人が増える、とか言った?」
「あ、うん。その子、私の親友の所で暮らしてた子なんだけど、数ヶ月前にその子引き取ることになったの」
「数ヶ月……そんな前から!? いや、じゃなくて! なんでそんな……今ここで!?」
急な話じゃないっていうのは分かったけど、その数か月の間に話せなかったのかって思ったよ……。話し出すのがあまりに急すぎる!
「私と同じ職場の人で一人、行方不明になってる人がいるの。その人、言ったら私の親友なんだけどね。去年の春頃からずっと職場に顔を出してないの。携帯に連絡しても反応ないし。家に電話しても出るのは親友じゃなくて、その子なの。帰ってきてるかどうか訊いても、帰ってきてないみたいだし」
「それって、今も?」
「うん。今日も職場に寄ったけど、いなかったし。もちろん、連絡も何もないって他の人も言ってた」
コピーが生んだ二次被害はまだ収束していない。今日出会った敵も、なぜか僕たちが既に捕らえたコピーを探していた。それに、分体が入ってた人たちもまだ目覚めてないと聞く。
敵が言っていた主導権の譲渡……コピーの〈模倣の力〉には、まだ何かある。
「孝子さん、その親友の人に電話かけたの?」
「え、うん。かけたよ」
「……そっ、か。それって、電話番号で?」
「ううん、AINE。あ、そういえば行方不明になる前、携帯変えるとかなんとか言ってた気がする。出ないってことは……もしかしたらAINEアカウント引き継いでないのかもしんない」
楓はお母さんの電話に出て、コピーの分体に体を乗っ取られてしまった。
孝子さんも、もしかしたら分体に乗っ取られていた未来があったかもしれない。そう思うと、背筋に薄っすらと寒気が走った。
「あー、なら電話番号じゃないとかけても出ないっ……」
孝子さんの身に何もなかったことを安堵して、しかし、ふと自分が余計なことを口にしてまっていることに気付き、咄嗟に口を噤む。
「そうだよねー。でも電話番号は知らないんだよね。聞いとけば良かったなぁ……。まあ今日、その子に聞いちゃうか」
不意に言葉を飲み込んだが、杞憂に終わってよかったと、喉につっかえていたものを吐き出す。だけど心臓のバクバクはまだ収まらない。
「あ、いや! でも、行方は分かんないんだよね? なら今は警察に任せた方がいいよ! その方が確実だろうし」
「うーん……でも心配だしなー」
「だ、大丈夫だよ! あ、そういえばさっき、西東さん達と話した時、行方不明の人についても同時に調査してるって言ってたよ! なんか最近、行方不明になってた人達が見つかったって言ってたし……。だから、近々もしかしたら……ね!」
「あー、そうなんだ。じゃあ、まあ……警察に任せてみようかな」
よしよし、これでひとまず安心か。いや、念のため話題も逸らしておくべきか。
「で、その子はどういう子なの?」
「えっとねー、介くんと同じ学校の女の子だよ。三年生の」
「……え?」




