第68話 必ず君がいる
「まず、結果から話すと……妹さんの身柄はこちらで預かることになりました」
西東さんから楓のことを聞かされてた時から覚悟はしていたけど、実際にそう告げられると心にくるものがある。
ぐっと傷心を耐えていると、西東さんは優しく宥めるような口調に変わる。
「ひとつ勘違いして欲しくないのは、まだ妹さんは起訴も何もされてない。これから色々な証拠や妹さんの事を調べさせてもらう段階だ。起訴するかどうかの判断は最大でも二十日は要する。遅くても十一月頭になる。君にとっては辛い報せではあるが、不起訴になる可能性は決してゼロではない。不起訴になれば妹さんは無事にいつも通りの日々を送れる。だから、これを聞いて希望を捨てないで欲しい。捨てないで欲しいし、妹さんを救えるのはおそらく……いや、唯一と言ってもいい。お兄さんである愛田介さん、君だけだ」
力強い眼差しだった。まるで今にも押しつぶされそうになってるのに踏ん張って耐えてるような……。
その眼に映る僕は、果たしてどれだけ打ちひしがれてるように見えているのだろう。
「私達は、今でも君が関わった三つの事件について調査してる。いくつか有力な情報はあったけれど、君の持つ情報もまた有力なものの一つだ。だから君次第で妹さんの今後が変わると言っても過言ではない。まだ希望を捨てるのは早いと、私が代表して言わせてもらう」
西東さんは、自分の父が射殺されて、楓には罪を償ってもらいたいと思ってるはずだ。でも今の西東さんの声調や表情にそんなものは一寸も感じない。
私情など挟まず、まだ希望があるということただその一点だけを必死に伝えてくれた。
「……分かりました」
僕が手中に収めていた希望を落とさないように僕の手を上から包み込むような、西東さんのそんな優しい言葉に僕は救われた。
また下を向いたまま立ち止まりそうになっていた。しっかりしないと。もう僕は、大人になるんだから。
僕の返答を耳にすると、西東さんは微かに笑みを浮かべてこくっと首肯する。
「それで、だ。今日連絡してくれた事についてですが……もしかして『この世の者ではない存在』と接触したということですか?」
改まって、西東さんは今日起きたことの話に切り替える。表情も一変、さっきまでの穏やかな顔つきではなく真剣な面持ちになる。
この人が刑事さんであるということを、その一瞬で再認識させられた。
僕の持つ情報もまた有力な情報の一つ。西東さんが口にしていたその言葉を胸に、僕は躊躇わず話す姿勢を整える。
「そうです。でも今回は、僕が三つの事件に関わった時の者とは違う、別の者です」
「……うーん、なるほどー……」
西東さんの顔にしわというしわが浮き出てくる。前にも思ってたけど、この話はある程度の共通認識がないと滞ってしまう。
かといって、AIという単語を持ってくると、今の携帯とかに搭載されてるものとどう違うのか話す必要があるし……なによりリードさんが僕の体を通して話しても認知できないことが厄介だ。
つられるように僕もしわを寄せていると、西東さんが表情そのまま問いかけてくる。
「一旦質問させてほしいのですが……それは、あれですか? 前の三つの事件は幽霊だったけど、今回の事件は妖怪だった……みたいな感じの話ですか?」
そういう感じで確認してくるとは……なんとも斬新。
「あ、いえ。その例えで言うなら、前の三つの事件と同様に今回も幽霊です。ただ、同じ幽霊ではないというだけです」
「なるほど。そういうことですか」
どうやら西東さん的には別の者というところが引っかかってたらしい。僕がそう答えると、顔のしわが少しだけ減っていた。
「で、その存在を足止めしようとした結果、そうなったと」
ぶつぶつと呟きながら、西東さんはメモを取る。しかし一瞬、ちらと僕の左腕に僅かながら視線をやった。
「ちなみになんですけど、その左腕の袖部分は自分で引きちぎったとか……そういうのではないですか?」
「いや、さすがにそれは……」
「あぁ、ですよね。普通に考えたら、そりゃそうか……」
自分で引きちぎろうにも、僕にはまず力が足らなさすぎる。せめて、シャツの引っ張り合いになって引きちぎれたりすることはあるかもしれない。
もしくは、傷口を防ぐために応急処置でシャツの一部を刃物で切って……みたいな。だとしても、比較的頑丈なブレザーがこんな呆気なく破けるなんてないはずだ。
そう思うと、拳ひとつ当てられただけでブレザーとカッターシャツ、そして僕の腕が腫れてしまうほどの威力があったのは異常だ。
「そもそもですが……今回、知らない人達が何人もいるような集団に襲われたりしましたか?」
「あ、いえ。今回は一人でした。集団とかはいませんでした」
「一人、か。前回は集団が必ずいた。でも今回は一人だけ。この点だけで言えば、前回の事件とは別の者。でも前回と今回の共通点は、君が襲われてるということ。そして何より……いや、これは共通点と言うべきではないのかもしれないけど……あれだけの騒動、そして今回は制服が破ける程の衝撃を受けても、君が大怪我ひとつないということ。この不可思議な事件の中心に、必ず君がいる……」
西東さんは時々僕に確認を求めるような視線を送りながら何か呟いていた。僕の方からも色々と話したいけど、ややこしくなるのが目に見えてる。
じゃあAIという存在の話だけでも触れるかといえば……やっぱり難しい。むず痒い……。
リードさんが僕に情報を開示する時、こんなモヤモヤした思考になってるのかもしれない。そう思うと、すっごい申し訳ない。
「ホーホー、どうしよう」
考えるのもお手上げ状態になった西東さんは、後方に座ってる山田さんにそう声をかけた。
「法傳です。何がですか」
「いやー……三つの事件に加えて今回のこと、悪魔とか幽霊とかそういう類のものじゃないと説明が付かなさそうなんだよなー」
「確かに、そうですね」
存外、山田さんがすんなりと受け入れていた。
「なにより謎なのが、集団での襲撃。しかもその集団に属していた人達は現在も昏睡状態。そして属していた人達に共通点は見当たらない。なのに一斉に愛田さんに襲い掛かった。そしてそれは、釜井警察官の時も妹さんの時も同様。……歴史に残るような怪事件ですよ、これ」
そう言い並べられると、普通の人からしてみれば意味不明に思う点が多すぎる。
でもその全ての原因はコピーが持つ〈模倣の力〉であることを僕は知ってるわけだけど、AIが認識できない人にそれを伝えるにはどうすればいいのか……。
「そうだな。でも、幸いなことに真相を突き止められないことはない。なぜなら、そのどれにも共通しているのが、今目の前に座っている十八歳の男子高校生の存在だ。映像の証拠、個人情報の収集、目撃者の証言。徹底して集めたとしても、きっとこの事件の鍵になるのは、彼の言葉だけな気がしてきてならない」
そんな風に言われてしまうと、僕としてはものすごい重圧……。下手な説明なんてできない。
だけど、楓をどうにかできるのも現状は僕だけ。多少混乱させることになったとしても、もう迷わず言えることは言ってしまった方がいいのかもしれない。
『そうだよ! やっと分かったか』
『リペアさん、黙っててください』
『すんません』
僕の目の前で色々と起こってるけど、とりあえず今は二人の刑事さんとの会話に集中した方が良さそうだ。




