第65話 ぶつかり合う衝動
「今度は拳をぶつけ合おうぜ! そっちの方が頭突きより分かりやすいだろ! どっちがより強く、破壊衝動に駆られているか!」
この相手は心底戦いを楽しんでる。ずっと、ずっと笑顔が崩れていない。闘争心が高ぶってるせいか相手のその論理はめちゃくちゃで、僕には理解しがたいものだ。
できればやりたくない。でも……やらなければ、やられる。コピーと戦っていた時同様に、そう思わされてしまう。
「介様、相手の言葉に乗る必要はないです。ここも避けて相手の隙を見計らってまたカウンターを」
「ごめん、リードさん」
怖い。そう、心の底から思う。でもこれを乗り越えなければ、僕のお父さんとお母さんは戻ってこない。
この戦いはもう、相手に勝つだけの戦いじゃない。今まで目を瞑っていた自分の弱さを克服して覆すための、自分との戦い。
要は、僕の相手は目の前のアイ・ブレイクと、過去のトラウマに縛られてる己の弱さだ。
「大丈夫。僕……やれるから」
自信ありげな発言とは裏腹に、僕の声は震えていた。自分でもなんて頼りないんだと嘲笑してしまう程に。
弱々しく震えてる奴がこんなこと言ってもなんの説得力にもなってないと思う。
それでも、今の僕にはもう逃げないという意地がある。ここで引いたら、リードさんに誓ったあの時の自分とリードさんを裏切ることになる。それだけはもうしたくない。
信頼がなくても、力がなくても、怖くて震えてても、ここで逃げたらまた今までみたいに自分を信じられなくなる。もうそれは、嫌だ。
「……分かりました。全力で向かい打ちます」
失敗上等、恐くて当然。それでも、自分がそうしたいと思ったことに……正直に従う! やり切る! 歯を食いしばって、勇気をもって覚悟するんだ! 僕!
「うん……ありがとう!」
左手首の痛みが徐々に引いてきてるのが分かる。すごい、痛みが癒えていく。これが、リペアさんの持つ力……。あとでまた、ありがとうって言わないと。
「電撃破っ……!」
相手が攻撃態勢に入る。構えているその左拳は徐々に電気を帯び、火花を散らしていた。
「リードさん。ここは、コマンドとシンクロの同時攻撃で対応しよう」
「承知しました。コマンド:フィジカルブースト レベル ワン・ゼロ」
もしかしたらこの二つを組み合わせても相手の力には対抗しきれないかもしれない。
だけど……それが全力を尽くさない理由にしちゃいけない。意地でも僕はこの相手を捻じ伏せるんだ。リペアさんが頑張ってくれてる分、僕もそれに応えるんだ。
「攻撃の合図はリードさんに任せます!」
「承知しました。せーのでいきます」
「うん!」
「行っくぜぇ、本気で! ぶっ壊しにぃ!!」
ものすごい覇気……一直線に、真正面から本気でぶつかってくる気満々だ。まだぶつかってもないのに、この相手には勝てないと萎縮してしまいそうになる。
だけどこっちだって、それを打ち返すために思考を凝らして、準備した。お前たちAIに負けないように、リードさんと体作りに励んできたんだ。
「……来いっ!」
「んんおぉっしゃあー!!!」
僕たちはぐっと構えた右の拳を、相手が突き出す瞬間に合わせてぶつけるだけ。
僕の判断ではタイミングがズレるかもしれないけど、リードさんの〈透視の力〉なら相手がどのタイミングで出してくるか、こっちがいつ放てば向かい打てるかドンピシャで読める。
僕は今まで通りリードさんを信じることしかできないけど、コピーと戦ってたあの時よりも力になれるはずだ。
相手は快哉を叫び荒げながら一気に間合いを詰めてくる。僕たちと相手との距離はおそらく五メートルもない。
さっきの相手の速度を考えれば、ほんの僅かな隙間に過ぎないだろう。
「行きます」
相手の走り出しとほぼ同時に、リードさんが合図を出してくれた。僕はそれに応えてぐっと腰を落とし、より拳を強く握りしめる。
相手の鬼のような形相を前に身を竦めそうになりながら、僕は再度リードさんの合図を待つ。
「ぉおらあああ!!!」
「せー……」
無駄な思考が削がれて、リードさんの声に合わせて拳を放つというただその一点に集中する。
失敗したっていい。そう思うことで、心の底に沈殿していた小さな不安を取り除き、より深い集中へと自分を誘う。
来る。そう分かった瞬間、僕は構えていた右の拳を突き出し始めた。
途端、全身に痺れた感覚が駆け巡る。シンクロのタイミングは完璧だ。あとは照準がずれないように、相手のその打撃に合わせて……!
この刹那に、おそらく僕の脳内では音速を超える速度で思考が流れていた。集中してるが故に研ぎ澄まされた感覚が、全身を満たし尽くす。
いける。これなら全力で叩き込め──
「っ……はぁ!?」
「のっ……!?」
突如、僕と相手の間に立ち塞がるように現れる謎の石壁。それはまるでカーテンのように、右から左へと流れてやってきた。
あまりに急な出現に、リードさんは僅かに遅れて後ろへ退き、その壁と距離を取る。
「え、な、なにあれ!? 壁?」
「あれは壁というより……小さな石の塊ですね」
小石の塊がまるで壁みたいに横から……こんな技術、この世界にはないはず。
なら考えられるのはひとつしかない。




