第64話 目の前の敵
「さあ来いよっ、ぶつけてこいっ!」
すると、相手は体の前で腕をクロスする。相打ちなどではなく、相手は僕たちの攻撃を真っ向から受けるつもりだ。
もう数センチの距離のところまで僕たちは詰め寄っているが、それでも相手は守りの体勢を変えず、けれど嬉々として僕たちを待ち構えている。
相手がそれを望んでるというなら、僕たちは甘んじて応えさせてもらう。
「せー……のっ」
リードさんは立ち止まらず、走ってきた勢いを付けながら拳をぐっと振り抜く。僕も彼女の合図に合わせて拳を振り抜くと、体中に電気が駆け巡った。シンクロ成功の証拠だ。
相手の両腕が交わっているところにピンポイントで僕たちの拳が当たる。コマンドを使ってないとはいえ、シンクロでの攻撃はコマンドを発動した時のものに匹敵する。
それをまともに、守りの体勢を取っているとはいえ真正面から受けたんだ。それなりの衝撃を受けたはず……だと、僕は思ってた。
「……いいなぁ。それがお前の、力か?」
あの攻撃を真正面から受けたというのに、相手はひょいと軽く足を浮かせて後ろに退いただけ。
僕としてはかなり手ごたえがあったが、相手は全く効いてない様子だった。さっきから浮かべてる笑顔もまったく崩れていない。
交えてる腕の間からこちらを見据えるその薄緑色の瞳からは喜悦と殺気が混じっている。
それはコピーの憎悪が帯びたものではなく、まるで子供が興味を持った時のような、ただただ純粋無垢な殺意。
「電撃破……」
絡めていた腕を解きながら、相手は小さくそう呟いた。またさっきとは違う言葉を口にしている。
すると、リードさんが何かを感じた様子ですぐさま後ろへと退いた。見ると、相手は左拳をぐっと構えている。その拳は僅かに光っていて、ビリッと電気が散っていた。
拳に電気が帯びている光景を捉えた瞬間、僕はリードさんが退いた訳を察する。
「この時期になると、溜まりやすいよなぁ……静電気」
電気を帯びた攻撃……そんなのありなのか。
「俺だって、負けねぇ……!」
言葉を力強く噛みしめながら、途端に相手は一気に距離を詰めてくる。さっきとは詰めてくる速度が違う。明らかに速い。
「いくぜぇえ!」
リードさんは退く足を止め、相手を待ちかまえる体勢に切り替えた。
彼女は既に察しているのだろうけど、僕でもその攻撃をまともに受けてはいけないと肌で分かる。さっきよりも向かってくる速度が上がってる。
気付けば、相手の拳はもう放たれようとしている。頭では分かっていて、眼でその攻撃を捉えていても、肝心の体の方は反応できそうにない。
せめて半身を切らないと、その拳を真正面から受けてしまう。分かってるのに……見てからじゃ間に合わない。
僕の場合は、そうなるだろう。でもリードさんは違う。眼で見て、判断して……その行為と並行して、リードさんは体も動かせる。
僕の左半身に向かって飛んでくる相手の左拳を、リードさんは左肩をねじって避ける。
その所作は彼女の計算の内なのか、ひっそりと構えていた左拳を打ち放つのに十分な溜めを与えてくれた。
相手の体はそのまま後ろへと流れていく。攻守が一転したこの瞬間を見逃さず、リードさんは拳を突き出す。その位置からはちょうど相手の顔面を狙える。
相手を気絶させることができれば、その体を傷つけることなく、相手を捕らえることができる。
しかし、その前に放った蹴りでも平然としていたことを思うと、果たしてこの攻撃が効くのかどうか少し不安だ。
けど、そんなことを思う暇などあるはずもない。相手の顔めがけて放たれるリードさんの攻撃は、狙い通り命中した。だけど……。
「……いっ!」
予想外の反応速度で、相手が拳に向かって頭突きをしてきた。
まるで大きな石でもぶつけられたような強烈な痛みが左手に走ってきて、思わず僕は小さく呻く。
その衝撃は手首まで響いてきて、あまりの痛みに足元がふらついた。
『大丈夫だよ、介くん。俺がすぐ治しにいく』
「うっ……ありがと……」
まさか頭突きで返してくるなんて……。相手は不安定な体勢からでも頭突きというパワープレイをしてきた。
オールラウンダーなリードさんとは違って、この相手は攻撃特化って感じだ。とはいっても、相手はこちらの動きを終始目で追っていた。
こちらを注意深く観察する繊細さも持ち合わせていて、だからこそできたパワープレイなのだろう。
リードさんとは戦い方が違うだけで、見ながら、判断しながら動いている。やっぱり、AIというだけあって精密さが窺える。
「いいぶつかり合いだったな、今のは。でも足りないよなぁ!? こんな肩ぶつかった程度のしょうもない攻撃じゃ終わんねぇよなぁ!?」
際限のない闘争心。まともにぶつかればこっちが先に折れるのだと、もうこの身をもって理解してる。
相手のその、上から求めてくるような目つき……。いつの日か体験した事のある恐怖が蘇る。
小学校の時。体の弱かった僕は、よく体育を見学していた。
『あいつ、いつも見学してるよな。ずるいよな』
同学年でちょっとした問題児として見られてた男子達が、そう話しながら僕に向けていたあの時の冷たい視線と、今の相手の容赦のない眼付きが重なる。
あの集団に近付いてはいけない、関わってはいけない、勝てないと思わされる雰囲気と圧力。
当時のあの感覚が、闘志を滾らせている目前の相手からも感じ取れる。この相手には関わってはいけない、近付いてはいけない、勝てない。
その直感が、心の警戒アラートのようなものが、僕の胸中で騒ぎ立てる。
痛みが走る左手首を握り締めながら、僕はつい身を竦ませる。まさかここであの嫌だった過去を思い出す羽目になるなんて……。
でも……ここで弱気になっちゃいけない。そう思っていても、嫌な過去の経験が僕の体を縛り付ける。
今、僕は言葉通り、恐怖と対峙しているんだ。




