第63話 僕の中には
叫びを上げながら、相手は勢いよく地面を蹴り出して向かってくる。
やっぱり大きな人を前にすると足が竦む。でもこの相手に勝たないと、僕の両親の情報を得られない。
ここで後ろに引くわけにはいかない。せめて、片方の足だけでも……前に!
「衝撃破……!」
相手は左拳をぐっと握ると、ぽつりと何か呟く。最初に拳を振るってきた時もなにか呟いていた。
その意図はよく分からないが、その行為が攻撃に必要なんだということだけは見ていて分かる。なぜなら僕たちがそうだから。コマンドを使用する時に、リードさんは呟く。
相手は満面の笑みを浮かべながら、左拳を今にも振り抜こうとしている。それをまともに受ければ、僕の左腕のように服ごと壊してくる。
受け止めるという選択はない。ここは躱すの一択。
「ぅんらぁっ!」
勢いよく振り抜かれる拳。しかし、その攻撃の線は分かりやすく、僕の右半身を標的にしていたのは僕でも分かった。
だが、僅かにコンマ数秒動き出しが遅かったか、右肩に相手の拳が擦れる。
たかが擦れた程度。けれど、擦れただけでもブレザーは破けてしまった。やはり受けずに躱すのが正解。
あの一撃を真正面から受けたら、最悪命を落としていたかもしれない。躱せなければ死ぬ……まるで拳銃から放たれる弾丸のようだ。
「……っ!?」
すると突如、僕の体がぐっと下に屈む。僕の意志ではない。これは……おそらくリードさんだ。
「……ちっ!」
見上げた先では、相手がバットのように右腕をぶんっと振っていた。相手の攻撃パターンはさっきと同じで、左拳を振り抜いて、それを避けられたら右腕を大きく横に振る。
擦れた右肩と相手の殺意溢れる拳に気を取られていた僕を、リードさんがサポートしてくれた。
仮にその攻撃が来ると分かっていても、僕は絶対に反応が遅れていた。そう思わされるほど相手の攻撃は速く、そして力強い。
でも、彼女がそれを補完してくれる。僕の足りないところ……いや、足りなさすぎるところを、彼女は補ってくれる。
瞬時に屈んだ体勢。そこから放てる攻撃などない……と僕は、そしておそらく相手もそう思っていた。
けれどリードさんは左手を地面に着くと、地面を両足で蹴って下半身をぐっと浮かせる。その勢いに乗って、僕の右足が相手の顔面に向かって振り上げられた。
「かっ……!」
屈んでから続けざま流れるように放たれるその変態的な蹴りは、無防備な相手の顎を直撃する。
夕空に向かって力ない声を上げる相手。その傍で僕は、彼女の変態的な攻撃体勢を維持できず、足が直撃してからすぐに体は相手の背後に転がる。
さっきの攻撃は体格のいい相手とはいえ、非力な僕の体でもさすがに効いたはず。リードさんの攻撃は相手の脳を揺らすくらいの衝撃を与えられたはずだ。
僕はすぐさま体勢を立て直し、相手を視界に収める。
「……いいなぁ、今の。そうだよ、そういうのだよ。ぶつけようとする意志が伝わってくるぜ」
だが、相手はあの蹴りをまともに受けても、足下がほんの僅かにふらつく程度で留まっていた。
やはり釜井警察官を乗っ取っていたコピーと同様、体格差は戦っていく上で大事な要素になってくる。
リードさんの精細な技術があってもそう簡単に埋まる差ではないのだと、今身をもって再認識した。
「介様。ご自身が戦うのはいいですが、私がいることを忘れないでいただきたいです」
『ちょっとちょっとー 俺のことも忘れないでよねー 介くんの腫れた左腕治したの、俺なんだからさー』
僕の口からリードさんの声がして、僕の視界にはリペアさんが現れる。言われて左腕を見ると、さっきまで赤く腫れていたところが治ってる。
思い返せばリードさんのさっきの攻撃、一瞬とはいえ僕の全体重が左腕に乗ってた。その時に全く痛みを感じなかった。これがリペアさんの、〈修復の力〉……。
「リペアさん、ありがとう。おかげで腕、全然痛くなかったよ。リードさんもありがとう。リードさんが反応してくれなかったら、僕はまた吹っ飛ばされてるところだった」
なんでだろう。戦いの最中なのに……心が弾む。嬉しさが体の内から湧いてくる。頬もずっと上がってる。
きっとリードさんが、リペアさんがいるからだ。いずれ西東さんも来てくれる。
……そっか。みんなが、僕の中にいるからなんだ。
「ふたりとも、力を貸して欲しい。あの相手に勝って、両親の居場所を聞き出さないといけないから」
『言われなくともそのつもりだしー』
「もちろんです」
感謝してもしきれない。ありがとうって伝えたい人が、AIがいる。家族はもちろん、孝子さんにも言わなきゃいけないし、瓢太にも言わなきゃだし、西東さんにも後で言おう。
そのために、今頑張らないと。今ここで勝って、進むんだ。
「まだこんなもんじゃねぇだろ。もっとぶつけてこいよ!」
大丈夫、僕にはみんながいる。リードさんとリペアさんがいる。相手とぶつかる時はリードさんに、また負傷した時はリペアさんに協力してもらおう。
「介様も、息を絶やさないようお願いします」
「うん。大丈夫、分かってる!」
思わず両手を強く握りしめる。
それは自分でやったのかリードさんがしたのか、この状況では判別つかないけど……そんなことは今どうでもいい。
僕はただ目の前の相手に拳を全力でぶつけにいくことと、息を絶やさないことに集中するだけだ!
「行きます」
「うん!」
言うが早いか、リードさんはぐっと前に踏み出す。相手は向かってくる僕たちを向かえるように腰を低くしてどっしりと構えている。
もしも相打ち狙いなら、それはリードさんに通じない。その戦法は既にコピーとの戦闘でやっている。相打ちになりそうな瞬間を狙って、リードさんは躱す。
なにより、あの相手の攻撃を真正面から受けるのは危険だ。それはリードさんも、初撃を受けた時に理解しているだろう。
僕たちが近付くに連れて、どういうわけか相手の口角が上がっている。やはり相打ちでも狙ってるのか……何を企んでるか知らないけど、注意した方がよさそうだ。
「介様、せーので行きます」
リードさんはそう言うと、右の拳をぐっと構える。これはシンクロで力を上乗せした拳を放つってことだ。
リードさんがそう判断したってことは……どういうことだ? 相手との相打ちを狙ってるってこと? 相手と力比べするってこと?
……いや、もうここまで来て考えても仕方ない。余計なことを考えず、相手の思惑を読み取れるリードさんに判断を任せるべきだ。
「うん!」




