第60話 戦う理由
高身長で体格の良さそうな成人男性は、薄緑色の瞳と髪をしていて、髪型はワックスできっちりと整えている。
紺色のスーツを身に纏っているが、その服の上からでも僅かに筋肉質な体型であることが窺える。
そんな人がまるで幼い男子のような笑顔を振りまいて、僕の方に近付いてきている。僕が知らない男性。微かに抱いている違和感。それを、リードさんは察したようだった。
「衝撃破……」
「AIです」
言うが早いか、リードさんはすぐさまファイティングポーズを取る。向かってくる男性は途端に純粋な笑顔を不敵な笑みに変えて、何かをぽつりと呟く。
刹那。もう五歩手前まで来ていた彼は、そこから歩幅を大きく開けながら駆け寄ってくる。
すると、左手をぐっと力強く握りしめて、腕を大きく後ろへ引く。さっきまで幼気に見えた彼が、今は筋力のある異常者にしか見えない。
「うらぁ!」
矢の如く振り抜かれる鋭い拳。
しかし、構えていたリードさんにとってはあまりに安直な攻撃だったようで、さらりと躱してみせた。
『リード! 左!』
しかし、躱したその先には相手の右腕が既に鞭のようにしなって待ち構えていた。リペアさんの声を聞いて、リードさんは視線をそちらに向ける。
攻撃を視認したリードさんは、しかし、躱しきれないと判断して僕の左腕を顔の横に構えてぐっと力をこめる。
けれど、僕の体と相手の体との力の差は火を見るよりも明らか。その攻撃を受け止めることはできず、僕の体は後ろへと吹っ飛ばされる。
「かっ……!」
僕の体はコンクリートの上を滑っていく。その途中でほんの小さな石の角か何かが僕の肋骨辺りに一瞬刺さった。
右肩に掛けていた制鞄のおかげであまり遠くへは飛ばされなかったものの、痛みに耐えかねて体を起こすことができない。
「おいおい、なんだよ。砕けた雰囲気で近付けば人間みんな笑顔で応えてくれるんじゃねぇのかよ」
痛い。なんで僕が、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ……。僕が、何をしたって言うんだよ……。
「リペアさん、早急に損傷箇所の修復を」
『言われずとも』
「介様、立てますか」
見えないけど、リペアさんとリードさんの声は聞こえてくる。激痛のあまり瞑ってしまっていた目をおそるおそる開けると、眩しい斜陽を背に佇む屈強な一人の男性が最初に映る。
「お前だろ? コピーと最後にやったの」
逆光であまり見えないけど、その相手が不敵な笑みを浮かべてる口元だけは薄っすら視認できた。
「待ってやるから、立てよ。ちゃんとやり合ってみてぇんだ、お前と。あのコピーが負けた理由を探しに、俺はここに来た。さあ、早く立て」
その声色に怒りは宿っていない。むしろ、喜んでるように聞こえる。やられた仲間の復讐などではなく、本当にその言葉通り僕とやり合うつもりの目をしている。
僕は次第に引いていく痛みを感じながら、ゆっくりと体を起こす。
両腕を地につけると、ふと視界に入った左腕は、ブレザーとカッターシャツの袖がボロボロに破けていた。露わになってる上腕は赤く腫れていて、僅かに肉が顔を出している。
そこで僕は、初めて左腕の痛みを自覚する。不思議と痛みは思ったほどじゃないけど、如何せん力が上手く入らない。
それでも体を起こすことができないわけじゃない。僕は上体だけ起こすと、制鞄を道の脇に置き捨ててから徐に立ち上がる。
「お前が被験者だってことは分かってんだ。お前の中にAIがいることも。だけどお前の名前も、お前の中にいるAIの名前も知らん。だからまずは聞かせてくれ。お前の名前はなんだ!」
「こちらはもうあなたを知っているので、こちらがリスクを負って自身を明かす必要はありません。AIナンバー:BADCBE、アイ・ブレイク」
僕の代わりに答えたのは、言うまでもなくリードさんだった。
「なんだ、そっちはもう俺のこと知ってんのか。まあいいや、俺の目的は変わらない。ここでお前らとやり合うこと、内にある破壊衝動をぶつけ合うこと! ただそれだけだ」
コピーがやられたから復讐にでも来たのかと思えば、その瞳や言葉の中になにひとつそういった負の感情は見受けられない。
相手はただただ、僕とやり合うために現れた戦闘狂い。彼が浮かべているその笑みに何ひとつ嘘はないのだろう。
「来いよ、ぶつけてこい。次はお前が撃ってこい。一撃がどれほどのものか、お前の破壊衝動がどれほどのものか知りたい」
言うと、相手は人差し指をちょいちょいと曲げ、挑発してくる。
やればやられる。そう予感した僕は、怯んで腰を低く落とし、思わずファイティングポーズを取る。
「俺はコピーと同じ、反人間存続派のAIだ。遠慮はいらねぇぞ」
コピーが言っていた仲間という単語。リードさんはやけにその言葉を気にかけていた。
どうやらリードさんの予感は的中していた。相手はその仲間、アイ・ブレイク。この相手はもしかしたら僕の両親の居場所を知ってるかもしれない。
「さあ、やろうや! お前がどれほどのもんか、知りてぇんだ!」
……でも、その両親は現実世界に実在しない人達で……今ここで相手を倒して助けても、あっちの世界で会うことはない。
じゃあ……僕が今、この相手とやり合う意味って……なんだ。
瓢太や僕は、現実世界に帰還すれば、この世界にいる敵AIから身を守ることができる。リスクを負わないで済む。
僕がここで相手と戦うリスクを負う必要はない。じゃあ、本当に……僕が戦う意味って、あるのか……?
「……ん、どうした? フリーズか? なんで固まってる」
僕は、構えていた拳を下げた。低くした姿勢も元の高さに戻して、上げていた視線は自然と相手の足元に下りていく。
すると、やる気満々だった相手が案の定、不平不満を吐き出す。
「え、おい! なんで拳を下げた!? 撃って来いよ!」
「……僕は、あなたとは戦わない」
「は? なんでだよ。俺はお前ら人間を滅ぼすAIだぜ? それだけで十分だろ、理由なんて」
「……そう、なのかな……」
今目の前にいるのは、僕たち人間の存続を望まないAI。いずれはホワイトキューブに入れて捕らえる必要があるだろう。そうしないと、人間絶滅の危機を防げない。
でも……じゃあ、それで僕は……敵AI全員を捕らえた後、僕は何のために生きていくんだろう……。
「僕は、もう……この世界で戦う理由は、ないから。ないというか、失ったというか……もういいんだよ」
視界の端で微かに映る相手の顔が冷たい無表情へと変わっていく。けれど、その瞳はまだ鋭利なものを残していた。
「なぜそう思う」
その相手の一言に、僕の心臓は強く脈打つ。つい下にやっていた視線を、僕は再度相手の顔に向ける。




