第58話 残りの被験者は、あと
「いや、待って。一人って……クラスメイトとか先生は? 家族は? みんな被験者で、意識体っていうのがあるから、普通に話したりできてるんじゃ……」
「ううん。さっきも言ったけど、被験者以外の体に入ってる意識体はこの世界を管理してるIZが生成したもの。つまり被験者でない、現実世界にも存在しない人達。その人達を僕たちはNon Player Character、それを略してNPCと呼称してるんだ」
「……なんだそれ」
計らずとも瓢太が僕の思ってたことを訊いてくれて、クリエイトさんが回答した。
返ってきたその答えは、普通ならありえないだろと笑い飛ばせるものだ。スピリチュアルの域を超えた戯言だと吐き捨ててもおかしくない。
でも、もう僕と瓢太は容易く否定できない域にまで足を踏み入れていたから……だから僕は、何も言えず固まってしまう。
「まあ、信じられないのは分かるよ。そんな出来すぎた話があってたまるかって。ちなみにこの世界を創ったのは何といってもこの僕、アイ・クリエイトでーす!」
重たい空気を吹き飛ばそうとしてくれてるのか、クリエイトさんは陽気にそう打ち明けた。それが本当ならすごいことだけど、今はそのことに関心を向けられる余裕がない。
「まあさっきの話の流れからしたら信じられないと思うけど、これは本当。人間用だろうとAI用だろうと、僕は仮想世界の中でなら何でも形にできちゃいますから! こう見えて、割と重宝されてたんだよ?」
「クリエイト。すみませんがおそらくその話をしても、二人はショックのあまり聞いてないと思います」
「ありゃ、僕のすごさに面食らっちゃった?」
「多分、そこじゃないと思うよ」
被験者の数は四人で、残りは一人。この時点で、少なくとも僕の両親の片方が現実には実在しない人だってことになる。
でも、もしかしたら……両親でもないなら、楓? いや、下手すれば僕の家族は誰ひとり現実世界に存在しない人物ってことになる。
でもそれは瓢太も同じで、つまり僕たちは仮想の家族と約十八年暮らしてたことになる。いや……こう、整理してみると……とんでもない、な。
「それ……本当なの?」
あまりにもその現実を受け止め切れなくて、僕は俯きがちにそう訊き出していた。
「え? 僕がこの仮想世界を創ったことが本当かって?」
「違う、介くんはそれ聞いてない」
クリエイトさんの本気かボケかも分からない発言に、リペアさんの非情なつっこみが入る。だけど、二人のそんな会話に耳を傾けられる精神的な余裕は今ない。
僕は視線そのまま、質問の内容を改めて呈する。
「この世界にいる被験者の数は、僕と瓢太を含めて四人……なんですか?」
「はい。それは真実です」
早急に答えてくれたのはリードさんだった。さっきまで言い淀んでたあの時の様子の一端も見えない潔さに、僕は再度心を打ち砕かれる。
「じゃあ……あのウインドウ画面にあった、長い0の羅列は何? あの桁数分だけ被験者がいる……とかじゃないの?」
「本当はそれくらいの人数分の被験者を使ってこの世界が正常に運用できるかテストするつもりだった。でも君たち四人の被験者が運用開始してまもなく、反人間存続派を結成したAI達が反乱を起こした。そのせいで被験者の数は初期の四人のままなんだ」
そう答えてくれたのはリペアさんだった。
無論、納得などいくわけもなく、僕は事実かどうか判別できないその発言に反論する意志はあっても、口にはしなかった。
言い返せば、帰還すれば分かると言われてしまうことは目に見えていたし、自分でも現実世界に戻ればいずれ分かることだろうと思ったから。
それに、例えこの世界が仮想だと知っても、僕は家族を見つけ出すまで現実世界に戻らないことを誓った。
一度はその誓いを破りそうになった。でももう、自ら崩すような愚行はしたくないと思った……その矢先だ。
「今すぐ理解するのは難しいと思う。でもそれが現実だ。君たちが助けようとしてる兄弟や姉妹、両親は、本当の家族じゃないよ」
言葉は出ず、情報の整理はままならず、感情はぐちゃぐちゃ。こんなにも混沌とした気持ちは初めてだ。
僕は思わず天を仰ぐ。だけどその視線の先に見えるのは、錆びれた茶色い鉄の階段と、視界の端で覗く雲一つない青空。
この眼で見てる光景が仮想だというなら、僕が抱いてきた気持ちもまた真実ではなかったのかもしれない。
家族と一緒にいた時の嬉しさとか、友達といる時の楽しさとか、病気でしんどかったあの頃の苦しさとか……。
「……そっか」
ぽつりと、頬に雨粒が一滴垂れていくように、降ってきたのかどうかも曖昧な一言が僕の耳に届く。
空耳かもしれないと思いながら、僕は上げていた視線をその声がした方へ持っていく。
「なんか、分からんけど……でもここは仮想世界なんだよな?」
「そうです」
「じゃあ、あれだ。俺の本当の人生はここにないってことだ」
「うん、まあ……そうなるね!」
「……そっかぁ」
僕とは正反対の、どこか安心してる瓢太を目の当たりにして、自分が困惑してることがおかしいのかもしれないと思えてきた。
そして、そういう気持ちになってる自分は果たして本当の思考なのかも疑ってしまってる。もう、なにが、どこまで本当なのか……分からなくなってきた。
「この体は、偽物ってことか」
「顔や体の造形は現実世界の瓢太様と同じです。おそらくそれは、現実世界に戻られた時に自身の姿形を見て違和感を抱かないよう配慮されてるのだと思います」
「てことは、介と俺は現実世界でもこんな顔してるってことか」
「そうだよー 介くんも瓢太も現実と同じ顔だし体つきだから。あと名前も一緒だからね。赤井澤瓢太は現実世界でも赤井澤瓢太だし、愛田介は現実世界でも愛田介って名前だから。これ重要」
「おー、マジか! だってよ介! まあ色々と思うことはあるけどさ、俺たちの人生はここじゃねぇってことだ!」
その瞳の輝きは、しかし、僕にはあまりに不可解なものに映っていた。
「な……なんでそんな、簡単に受け止められるの?」
もう僕の頭の中はぐちゃぐちゃで、なにひとつ理解もままならくて、だからまるで助けを求めるかのように瓢太に声をかけた。
「いや……でも、事実だろ?」
「そうだけど……お兄ちゃんはどうするんだよ」
「どうする、って……現実世界に実在しない人なら、助けに行く必要……もうないかなって」
あ……そうか。瓢太はもうその事実を飲み込んでるんだ。だからそんなあっさりとしてるのか。
そっか。現実世界に存在しない人達だから……無理に助けに行かなくったっていいんだ。
「だって、そうだろ? 敵に狙われるリスクを負ってまで助けに行く必要はないなって、思うんだけど……俺は。現実に存在しないなら……別に、いいかなって」
ぐちゃぐちゃの感情、現実に圧し潰されてしまいそうなくらいひ弱な体。混乱に陥った僕の脳内に、昼休み終了を告げる学校のチャイムが激しく響いてきた。




