第50話 非通知電話、再び
『大丈夫です、介様。落ち着いてください。これはコピーからの連絡ではありません』
パニックになっていた僕の頭に、冷や水の如くリードさんの言葉が降りかかる。おかげでグルグルしてた思考がピタリと止まった。
「あ、そ、そうなんだ。てか、なんでコピーからじゃないって分かるの? それも〈透視の力〉?」
『まあ、そうです。なぜかは私も存じないのですが、糸電話の糸のように携帯に届いてる電波が私には見えます。その糸がどこに繋がっているのかを解析して相手が誰なのかを確認します。そして、その電波の糸を辿っていくと、どうやら発信相手の脳内にまで繋がっていたようなので、その相手の脳内を〈透視の力〉で確認して敵AIが入り込んでない正常な着信相手かどうかを判断しています。私のこの一連の行動は、例えるなら夜空にある遠くの星を望遠鏡で確認するみたいな感じです』
「あぁ……そう、なんだ……」
例えを使って説明してくれるのはありがたいんだけど、その前の説明が複雑すぎてイマイチ納得いかない。
とりあえずリードさんは糸電話の糸みたいなものが僕の携帯から出てるように見えてるということと、電話相手の脳内を見れるというのは分かった。
『とりあえず、その電話に出てください』
「あ、うん。分かった」
言われるまま、僕は携帯の応答ボタンを押してその電話に出た。
「もしもし」
『………エ………カ』
この声の感じ……聞き覚えがある。リードさんが僕の脳内に入ってきたときの、あのノイズの感じとそっくりだ。
人の声と機械音が混ざったような音声。だけど今回は、男声のような低い声が聞こえてくる。
「って、待って! リードさんこれ出ていいやっ……っつ!」
リードさんが出てくださいって言うからつい疑いもせず出てしまったけど、気付いた頃にはもう遅かった。案の定、鼓膜にビリッと電気が走ってきた。
驚いて思わず僕はまたあの時のように携帯を手放してしまう。だが、僕の意志に反して、携帯が地面に着く前に右手が空中でそれを掴んだ。
「あ、ごめん。ありがと、リードさん」
体が勝手に携帯を掴みにいったことと、さっきまで視界にあった彼女の姿がないとを認識して、リードさんが僕の体を動かしたんだと理解する。
そして僕の耳には、さっきの電話で不意に走ってきた電流の違和感が残っている。僕は汗を流しながら、慌ててリードさんに訊ねる。
「てかリードさん! さっきの……電話に出ちゃったよ!?」
『大丈夫です。その電話は』
『やっほー! 俺の声聞こえるー?』
聞き覚えのない声が、僕の脳内に響いてきた。その意気揚々とした明るい男性の声は、まだ完全に起きていなかった僕の頭を起こすのには充分なほど元気に溢れている。
「……えっと……あなたは……」
『ややっ、初めまして! 俺は……って、なんでここにリードがいるの!?』
突如、視界左側に現れるひとりの男性。彼は話し出すと突然、視界右側に位置するリードさんを見るなり驚く。僕も僕で、なにがなんだか状況を理解できず混乱している。
『先にいたのは私ですが』
『え、嘘!? え……俺、接触する被験者、間違えてる?』
『いえ、合ってますよ』
『あー、そうなんだ』
そうなんだ……じゃないよ。どういうことなんですか。
「あの……ちょっと一旦トレーニング止めて、落ち着いて話したいんですけど、いいですか? リードさん」
『そうですね、そうしましょう』
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おそらく……というか確実に、傍目から見た僕は一人で何かぼそぼそ話してるヤバい奴に映るだろうと思い、大広場の端っこにあるベンチに座って二人と話すことにした。
幸い、早朝ということもあってここはほとんど人目につかない。要するに、思う存分独り言、もとい二人と話すことができるわけだ。
「どういうこと? ねえ、なんで増えたの!?」
『そんなこと言われても……俺の電話に出たのは君だし』
「いや、確かに出たのは僕……でも出てくださいって、リードさんが……」
『しかし、応答ボタンを押したのは介様ですし』
「いや、そ、そうだけど……そうなんだけどぉお?!」
なんだ、悪いのは僕か? 僕なのか!? いやまあ、何も確認せずリードさんの言葉を聞いてなんか反射的に出ちゃったけど。否定はできないけど。
『とはいえ、別に何か悪いことが起きたわけでもないですから気にすることでもないですよ、介様。彼は私達側のAIですから』
『そうだよー てか俺が担当する被験者、この子だよね。むしろなんでリードがいるのって話なんだけど』
「え、そうなの? てか担当って何」
今のこの状況も相当ややこしいのに、加えて僕の聞いたことのない情報が頭に入り込んでくる。
今までもなにかとカオスなことが多かったけど、自分の頭の中でこんなことになると……気になって後回しなんてできない。
僕の頭の中に入ってきて現在進行形で混乱を招く起因となった彼は、リードさんと背格好は似てるけれど、髪や瞳の色、顔立ちはリードさんと全く異なる。
面持ちは二十代後半ぐらいの若年男性といった印象で、髪や瞳の色は宝石のアメジストを彷彿とさせる鮮やかな紫色をしている。
『被験者一人ひとりに対して、どのAIが誰の体に入り込んで誘導するのか。それをこちらの世界に来る前に話し合ってたんです。介様の本当の担当は私ではなく、彼です』
『そそ、そういうこと!』
じゃあ今までそれを何で言わなかったんですかとリードさんに疑問を呈したいところだが、仮に彼が僕の頭に入ってくる前にその担当の話をされてたら絶対に僕は混乱してただろうし……。
そう思うと、なにも言い返せない……。
「ていうか、ごめん。あなたの名前、まだ聞いてない気がするんだけど……」
『あー、ごめんごめん。俺は、AIナンバー:4B0052、アイ・リペア。よろしく、介くん! 君の本当の担当は、俺だぜ!』
……とりあえず、どこから触れるべきなのか……。
「えっと……分かった。とりあえず、リペアさんって呼びます」
『承知いっ!』
テンション高いな、このAI。リードさんとは真逆のタイプか。
「それで、その……つまりさっきの担当の話だけど、僕の頭の中に入ってくるAIは本当はリペアさんで、リードさんは別の被験者の頭に入る予定だったってこと?」
『はい、そうです』
うーん……言いたい、とても言いたい。なんでそれを今まで言わなかったんだと! でも……以下略。
『そうなんだよ。ていうか本来、現実世界のルールと一緒で、こっちの世界でも一人の人間の中に入れるAIの数は一体のみのはず。なのに、なんでリードと俺が同じ被験者の体の中に入れちゃってるのって話』
そんな決まりあるんだ。あれかな、一体のAIにつき力は一つのみのルールと何か関連性があったりするのかな。
『私も初めは、介様の体に入ってきて疑問は抱いてました』
疑問、持ってたんだ!




