第48話 まだ家族は帰ってこない
「君の妹さんは、既に三名を射殺している」
「っ……でもそれは! 妹の意志じゃなくて……それは妹の中にいる存在が……!」
「それをどう証明しますか? 仮に君の妹さんを殺した殺人犯がいるとする。でもその殺人犯には霊や悪魔、この世の者ではない存在が取り憑いていて、その存在がやったのだと、そう言われたら君は納得しますか?」
「……」
その西東さんの言葉に言い返すことができず、僕は口を開いたまま固まる。妹がそんな理由で殺されてしまったら……そんなの、納得……できない。
「私の正直な気持ち、そして君にとってとても酷なことを言う。私は、君の妹さんは罪を償うべきだと思う。君の妹さんが射殺したおじいさん……あの人は、私の父なんだ」
ふと思い起こされる、あのおじいさんの勇敢な姿。あの時思っていた罪悪感と後悔の念が、再び僕の心を覆う。
「憧れだった。定年前まで署で働いていたんだ。警察官として、生涯立派に業務を果たしていた」
僕は……どうしたら良かったんだ? どうすれば良かった……?
「こんな話をしてしまってなんですが、愛田さんにひとつお訊きしたい。私の父は最後、君の妹の脚にしがみついて、暴走を止めようとしていたと聞いてます。それは……本当ですか?」
「……はい。勇敢でした。その人がいなかったら……僕は、ここに座ってなかったかも……しれないです」
「……そうですか」
気付けば僕の視線は、西東さんではなく目前の机に下がっている。西東さんにどんな顔を向けていいか分からず、僕の頭頂には穏やかで湿っぽい声が浴びせられる。
「すみません、少し話が逸れてしまって。とりあえず、三つの事件の詳細を話していただいてありがとうございます。ご協力感謝します」
「……いえ……」
話が終わる。同時に、妹をようやく取り戻した時のあの喜びが消え失せていく。
AIに抗うことができたとしても、人が定めたルールには逆らえない。妹が起訴されたら、高校どころじゃない。就職だって危ういかもしれない。
なんで……なんで、こうなる……? 僕のせい? 僕が、何も言わず就職しようとしたから……? 妹に相談しなかったから……? その罰が当たったってこと……?
いや、弱い体で生まれたからかもしれない。こんな弱々しい体じゃなかったら、アイ・コピーをもっと早く対処できたかもしれない。
そしたら家族みんな救えたかもしれない。じゃあ……僕のせい? 僕のせいで妹が……
「おそらく起訴されるとは言いましたが、もちろん妹さんの話もちゃんと聞いて、調査も行います。その上で私達がどうするべきなのか決めますので。なので愛田さん。まだ絶望はしないで欲しい」
僕の両肩に手を置くと、西東さんは優しい言葉をかけてくれた。西東さんのおかげで、渦巻いていた思考から一気に現実に引き戻される。
僕は徐に顔を上げ、真剣な眼差しを向ける西東さんと目が合う。
「……お願いします。妹は……本当に……本当に違うんです。信じてもらえないのは分かってます。でも妹は、本当に自分の意志でなんか……」
妹の未来が危うくなる可能性。その不安を思うあまり、僕の体は震えていた。
声は弱々しく、訴える言葉に力強さなど皆無だ。何もできず無力な時、僕はこうやってただただ懇願することしかできない。
はぁ……と、僕が僕に対して呆れ返ったため息を吐いた気がした。お前は何もできない奴なのかと、どこかでそう諦観してる。
僕は今、自分に打ちひしがれそうになっている。
「君の思い、確かに受け取ったよ。私、個人としては……妹さんに罪を償ってもらいたいという気持ちはある。でもそれは、あくまで私の主観。私は刑事。刑事として動く以上、個人の主観などではなく客観的な調査をする。その調査内容を元に、検察が判断する。不安かもしれませんが、信じて待っていて欲しい。妹さんが無事に帰ってくるまで」
元気づけてくれてる西東さんの言葉がこんなにも響いてこないのはどうしてなのか。
お母さんやお父さん、楓、孝子さん、今まで応援してくれた友達の言葉。全部嬉しくて、本当に力になってくれて、頑張ろうって思えた。
西東さんのその言葉も、僕に勇気を与えてくれてるはずなのに……なんでこんな、心がしんどくなってる……。
「最後に、図々しくて申し訳ないですが……これは私の連絡先です」
メモ帳から紙切れ一枚破ると、西東さんはそこに電話番号を記して僕の前に差し出してきた。
「私は密かに、非通知電話についても捜査を行ってます。もし何かそういった事に関する情報があれば連絡いただきたい。もちろん、今回の事件に関する事で何か思い出したことがあったならその事でも構いません。是非話をお聞かせ願いたい」
僕は無心にその紙切れを指で摘まみ、受け取る。この電話をしたところで、果たしてAIを視認できない西東さんに連絡する意味があるのか。
おそらく……いや、この電話に連絡する時は必ずAIが関わるものだ。非通知電話だってAIが関わってた。
今回の事件で乗っ取られていた人達や両親も、きっとその電話に出てコピーに体を……
「その、これはさっきややこしくなるかもしれないと思って言わなかったんですけど……今回の事件で、行方不明だった僕の両親が、病院に現れたんです」
僕はここでもう、話してしまった方がいいと思った。連絡先を渡されたからといって、今後関わるとは限らないのだから。
「両親が!? ……なるほど」
西東さんは即座にメモ帳の上でペンを走らせた。
「もしかしたら……今回の事件と非通知電話、愛田さんの言うように関連性があるかもしれないですね」
「……なんで、そう思われたんですか?」
思わず訊いた。AIを認識できないのになぜその考えに至ったのか気になってしまったから。
「いや、近頃行方不明者届が例年よりはるかに多く提出されてるらしい、全国的に。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってね」
おそらく、その人達はコピーに乗っ取られていたのだろう。コピー本体を捕らえることができたとはいえ、未だ両親の居場所は特定できてない。
時間の問題だろうけど、行方不明の両親を見つけるために僕もまた動かないといけない。
「分かりました。とりあえずさっき話した三つの事件についてはまだ調査を続けます。今回の事件に非通知電話が関わってるとあれば、なおのこと調査しなくちゃいけない」
リードさんを認識できなかったとはいえ、西東さんが非通知電話の謎も調査してくれるとなると心強い。
でも、コピー本体を捕らえた今、果たして非通知電話が今後掛かってくるようなことはあるのだろうか。
「愛田さん。ご協力の程、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。電話番号、登録しときます」
西東さんに続いて僕も席を立つ。社交辞令として登録するとは言ったものの、連絡するかは分からない。そんなことを考えながら、僕は粛々と頭を下げた。
「帰りは送っていきます」
「いえ、そんな……悪いですよ」
「いやいや、高校生一人で帰らせるわけにはいかない。それに、病院にいる君の妹さんを迎えに行くついででもあるので」
コピーから楓を助け出したのに……今度は、警察に楓を取られてしまう。本当に……なんでこの刑事さんは、AIを認識できないんだ。認識できたら……
『妹さんが刑務所に入れられるかもしれない。そのことに対して理不尽を思い、怒りを覚えるのは分かります。けれど、怒りの矛先を見誤らないでください。怒りを向けるのは警察や目の前の刑事さんではなく、あなたの妹さん、そしてご両親を乗っ取ったアイ・コピーです』
「……はい」
一度深呼吸し、リードさんの言葉を心に留めてから、僕は静かに返事した。
その後のことは正直よく覚えてなくて、気付けば僕はパトカーで日朝病院まで戻ってきていた。




