第47話 この世の者ではない存在
「いや、ちょっ、ちょっと待ってください! ちょっと一旦、整理させてください!」
さすがに話が急すぎたか、西東さんは慌てて僕を押し留める。
まあそうですよね。自分でも気が狂ったんじゃないかってくらい変なこと言ってる自覚ありますし。
「君の体の中にいる? つまり……憑依されたとか、そういう話ですか?」
確かに、憑依されたと言われても特に違和感はない。
リードさんは僕の体に入ったと言ってたし、コピーは意識体がどうのって口走ってたから……そのせいで、この世界の自分の体を意識体を入れられる箱のように思っていた。
しかし箱ではなく自分の体なんだと再認識すると、憑依されたという表現には納得がいく。
「……まあ、そういうことになります」
僕が冷静にそう応えると、西東さんは小さく唸りながらしばらく天井を仰ぐ。そして視線をこちらに戻してくるや、口を開いた。
「分かりました。それじゃあ、愛田さんが言う、その……この世界じゃない者と入れ替わってみてほしい……です」
「……はい」
唐突に蝕んでくる不安、僅かに感じる怖気。それもそうか……なにせ、初めてリードさんを他人に紹介するんだ。
それに、自分の体の変化を他人にまじまじと見せることになる。平静でいられるわけがない。
「リードさん、お願いします」
きっとこんな呼びかけがなくとも、彼女は察して自ら前に出てくるのだろう。
でもこれは、リードさんにではなく西東さんへの配慮だ。いきなり出てこられたら西東さんの方が困ってしまうだろうから。
「初めまして、西東大介さん」
自分の口が勝手に動いたのが分かって、僕は密かに力を抜く。ここからは、リードさんと西東さんが言葉を交わす瞬間だ……。
「私はアイ・リードというものです。先ほど、愛田介様から紹介いただいた通り、私はこの世の」
「ちょっ、ちょっと! 愛田さん? 大丈夫ですか!? 愛田さん!」
「あ、はい。どうしました?」
いきなり西東さんにがっと両肩を掴まれ、思いきり体を揺すられる。
さっきまでの淡々と質疑応答をしてた人とは思えない慌てぶりを見せられて、思わず僕の方が返事をした。
「いや、どうしたもこうしたも……いきなり白目を剥いて口をパクパクし始めたので……急に魂でも抜かれたのかと……」
「……え?」
西東さんのその発言に耳を疑った。確かに僕の口からはリードさんの声が聞こえていたはずだ。自分の耳でも聞いてたんだから間違いない。
「今、女性の声が僕の口から出てませんでしたか?」
「……いえ、聞こえませんでしたが……」
「髪と目の色、変わってませんでしたか?」
「……まあ、白目は剥いてたから、そういう意味での目の色の変化はあったけど……。でも髪は普通に黒でしたし……」
西東さんが変な嘘を言ってるようには見えない。でも確かに、僕の耳にはリードさんの声が聞こえていた。
ここまでこの取調室の外からは、騒がしい音や声、車の通る音やバイクのふかした音、人の話す声とかそういう雑音は一切聞こえてきてない。
こんなに静かな部屋で、僕と西東さんしかいない取調室で、それでもなお西東さんにはリードさんの声が聞こえなかった。
それに、瞳と髪の色の変化が視認できてないのもおかしい。僕は実際に鏡でリードさんが僕の体を共有する時に瞳と毛先の色が深緑に染まってる自分自身を見てる。
でも、西東さんの目に映ってたのは白目を剥いて口をパクパクさせていただけの僕。なんで……どうなってる……?
『どうやら、この世界にいる人には体を共有して接触を試みても、AIの私は認識できないようになってるみたいですね』
「えぇ……」
リードさんの言う通りならこれは相当厄介な問題だ。今回の三つの事件の犯人はAI。そのAIを認識できないとなると……誰にも説明できないし、誰にも理解されない。
多分とかじゃない。リードさんでさえ認知できないんじゃあ、本当に三つの事件の全貌を解き明かせないじゃないか……。
「本当に、僕そんなことしてたんですか?」
「はい。よければ、私が動画を撮りましょうか? 携帯はあるので」
「あ……いや、大丈夫です」
そんな姿、恥ずかしくて見たくないです。
「でも……ビビッときたよ、今の」
ふと、西東さんの顔を覆っていた靄が晴れた。
「今、愛田さんが白目を剥いて口をパクパクしてるところを見て、病院で目撃した看護師さんが話してた事を思い出しました。君の妹さんも、今の君のように白目を剥いて口をパクパクさせていたって」
おそらく、ナースステーションで電話をしてた看護師さんのことだ。
その時その場にいた看護師さんもアイ・コピーとリードさんを認識できてないのなら、現状見えるのは本当に僕だけってことだ。
「まさか有力な情報にはなり得ないと思ってたが……いやー、こういうのは可能性として入れてしまいたくないんだけど……愛田さんが言った、この世じゃない者の存在は一旦、頭の隅に入れておくことにします」
「……お願いします。確実にその存在が、この三つの事件の中心にいるので」
ひとまず、AIという存在の一端を認識してもらえただけでも幸いだ。これが後々、良い方向に転ぶことを願いたい。
「分かりました。ただ、ひとつ……今ので疑問が湧いたんですが……」
ふと、西東さんはじっと目を細めて僕を見据える。
「その、今、愛田さんが……おそらくその存在とやらに、体を預けたんだと思うんですよ……」
一言一句、頭の中で整理しながら話そうとしてる西東さん。頭痛がするのか、片手を額に添えている。
でもその気持ち、分かります。僕も最初はそんな感じでした。
「その……その存在は、病院での妹さんのように、なにか良からぬことをするのか、どうか……」
「大丈夫です」
西東さんが言おうとしてることを察して、僕は即答した。
「僕の中にいるこの存在が、他人を傷つけることは決してないです。むしろ僕からお訊きしたいです。今回の三つの事件で僕が、僕の中にいるこの存在が、一人でも誰かを殺めたという証拠があるのか」
僕は自信をもって主張した。僕の中にいるリードさんは、人間の敵ではないのだと。僕たちを助けてくれる存在であると。
「現状はありません。病院の事件で亡くなったご老人が、妹さんに射殺されていたところは監視カメラの映像にも看護師さんの証言からも分かっています。それと警官二名の遺体。この二人も妹さんに射殺されたという線で調査を進めてます。だけど……」
すると、西東さんの表情がまた曇り始める。そこで一度言葉を切ると、ため息交じりに口を開く。
「仮に君の中にいるその存在が、妹さんの中にいる存在と類似するものなら……私は疑いの目を捨てることはできない」
その視線は僕じゃなく、リードさんに向けられてるものなのだろうか。西東さんの鋭い眼光は、こちらを警戒している獣のそれだった。
「でもそれは、信頼しないという意味ではありません。疑いの目は時と場合によって向ける。基本的には君の中にいるその存在が、人に危害を加えないと信じてます」
「……分かりました」
白でもなければ黒でもない。そんな判然としない発言に得心がいかず、しかしどう言っていいかも分からず、僕は思ってもないのに納得した風に返す。
すると、僕の反応に思うことがあったのか、西東さんが付け加えるように話し出す。
「なんだか、言い方を無駄に難しくしてしまったかもしれない。えっとね……まあ要するに、私にとっては認めてるも同然です。だって外を歩いてる他人も、基本的には危害を加えてこないだろうと信じてる。でも事件現場にその他人がいたら疑いの目を向ける。時と場合っていうのはそういう意味合いです」
なるほど。そう説明してくれると、西東さんは俗人的な見方をしてくれてるんだなと分かった。頭の中に湧いたモヤモヤがスーッと解け落ちていく感じがした。
「まあでも、その存在がどうこうという話は今後の調査において当てにされるかははっきりと言えません。それに……おそらく、愛田さんの妹さんは起訴されると思います」
「えっ……!?」
思わず大きな声が出た。無意識に体も少し前のめりになっていた。




