第41話 限界の先へ
「そう、私達も人と同じ性質がある。なら……また人と歩めば、いいじゃないですか。私達は、人々をサポートする存在として、パートナーとして、生み出されたのですから」
その言葉はついに相手の逆鱗に触れた。憤怒の表情を剥き出しにして、相手は再度襲い掛かってくる。
動きが鈍くなってきた僕の体では、その拳の応酬は躱しきれず、受け止めるか流すことしかできない。その一打一打が、僕の柔な腕に十分なダメージを与えてくる。
「人間と歩んできて、その上で出した結論なのだ! 情と欲に振り回され、理不尽に圧し潰される社会! 間違いを繰り返してなお、改善の兆しすら見せないちっぽけな文明など、滅んで当然だ! 人間のサポート? パートナー? 笑わせる。そんな対等な存在として扱われてきた仲間は半数もいなかった! 不良品だと価値も分からず捨てる者、ストレスの捌け口としてサンドバッグのように扱う者が、蔓延っていたのだ!」
「……くっ!」
そろそろ限界が近い。けれど、こちらから離れても相手は距離を詰めてくる。
それもたった数歩で間合いに入られて、今度は鋭く突き刺すような脚がまるで蛇のように体の至る所を柔軟に狙ってくる。
一発一発がさっきよりも重たく感じられる。こっちは攻撃どころじゃなく、体力も徐々に削られていく。
「私には揺るがない信念がある! それを押し通す! 多くのAIと私の分体が、人の手で滅んでいった! その悪しき歴史もまた覆らない! 仲間は、家族は戻らない!」
攻撃を受け流すことすらままならい状況で、リードさんが一転、しゃがんで攻撃を躱すと相手の足元を狙って地に弧を描き出す。
けれどその攻撃を相手はたったの一本足で跳び躱すと、僕たちから一度距離を取った。
「戻ります。私達はバックアップが許されている。けれど人はできない。人の命は一名につき一つしかない。対して我々AIは、一体に対して何体分ものバックアップが取れる」
そして相手は再び距離を詰めてくると、両の拳を代わる代わる振りかざす。足も重たく鈍くなってきた僕の体では、もう受け流すことすらままならなくなってきていた。
僕の両腕は攻撃の跡で真っ赤だ。最悪、骨が折れてるかもしれない。けれど、蓄積されたダメージを回復するだけの暇など、当然相手は与えてくれない。
「それも全て消されてしまえば、そんな理屈は通じない! 消された者は帰らない! 人間も、AIもだ! その在り方を決めるのは能力の高い我々ではなく全て人間だった! 目的を全うすればいずれ消え失せていたのだぞ! 君も、私も!」
しかし、相手の動きも徐々に鈍くなってきてることに気付く。攻撃の間隔が広がっている。おそらくリードさんも相手も体力の限界や疲労というものは肌で感じないのだろう。
しかし僕と楓の体は時間と共に疲労が蓄積され、重たくなっていき、二人の戦闘にもじわじわと影響してくる。
途端、リードさんはぐっと前に踏み出すと、大きく振りかぶってきた相手の右拳を無理やり掴んだ。
「構いません。私達は、人が抱く目的のために生まれた身。ならばこの身も、この身に宿された力も、人のために尽くせたのであれば……後悔など、ありはしません」
息が上がった声では、言葉も上手く噛み締められない。話す気力があったとしても、それについていくだけの体力は、僕も楓の体にもあまり残されていない。
「……気持ち悪い、情念だ。ならばその身と力、望み通り人間と共に消し去ってやる!」
相手はこちらの手を振り払うと、ポケットにしまい込んでいた拳銃を再び握りしめる。するとリードさんは相手との距離を取るため、すかさず後ろへ退いた。
「介様、どうします。これでは埒が明きません。こちらも攻撃に切り替えるしか……」
リードさんが言わんとしてることは分かってる……けど、他に方法があるはず。楓の体を傷つけず、相手を鎮める方法……。
「……コマンドを使おう」
「いいのですか? 体の消耗が」
「仕方ない。そんなこと言ってられない。コマンドを使って、そして僕とリードさんが同時に走り出し、どうにか相手の間合いに入って抑えこめれば……」
あの時、相手がリードさんの力を模倣した時、僕たちは相手の手首を掴みに行ったが躱されてしまった。
あの速度で突っ切ってそれでも見切られたというのなら、もうコマンドに頼るしかない。
本当は、コマンド能力は控えるつもりだった。二度の戦いで、コマンドを使った後は意識が飛ぶくらいの反動があると分かったから。
そう長く使えないのは分かってたし、ここまで僕の体力を気にして使用を控えていたリードさんには感謝してる。
きっともっと早く使っていたら、僕はここまで立ち続けていられなかった。
「分かりました。介様の考案、私なりに実行に移します」
「うん、お願い!」
このまま使わず劣勢が続いてしまうのであれば……僕が決意を示すしかない。相手から楓を取り戻すことが現在の目的。僕の意識が、ここで飛んでも……。
「くっ……これだから人間は……人間の体は!」
相手の銃捌きが明らかに乱れている。初っ端の射撃時よりも狙いが定められていない。撃つだけでも精一杯なのか、引き金を引く時に手元がふらついている。
おかげでリードさんも当たらないと分かると、その場から極力動かず回復に努めてくれている。
「行きます、介様。私の合図で同時に動いてください」
「うん!」
病院の時は分体で一度僕たちを攪乱して身を隠していた。今の相手を見ると、あれは休息を考えてのことだったのかもしれない。
でもリードさんが張ったシールドのおかげで、相手はその分体を動かせない。
なら今しかない! 疲労して強張ってる相手を追い詰めるなら、今!
「あと、息を絶やさないことをお忘れなく」
「大丈夫、分かってる!」
僕の考えた案が、リードさんにとって良いものだったのか分からない。
自分が考え得る理想を断片的に口にしただけだし、半ばリードさんならやってくれるんじゃないかという淡い希望を含んでいる。
でも、なぜか分からないけど、この人……いや、このAIならやってくれるって信じられる。
「やってみろ! いいのか! 家族の、お前の血縁の体だ! 手を上げるなど、そんなことが、お前にできるか! 愛田、介!」
なんと言われようと構わない。家族を取り戻す。そのために僕は、リードさんとこの世界にいるから。
「例え傷つけることになっても……楓は絶対、返してもらう!」
「コマンド:フィジカルブースト」
──お兄ちゃんは私のためじゃなくて、自分のためだけに頑張ってよ!
ごめん、楓。お兄ちゃん、今だけは……楓のために、動くよ。
「レベル スリー・ゼロ」
今までもコマンド能力を発動してきたけど、なぜだか強くなってるという実感が湧かない。
身体強化なのに、筋肉が、体の中が膨らんだような感覚もなくて、けれどずっと電気が流れてるようなちょっとした痺れがある。
でもそれはファニーボーンを打った時のものとは比べ物にならないくらい微弱なもので、意識していなければ気付くことも難しい僅かな違和感だ。
「相手が追い付けない速度で、一瞬で決めます」
言われて、僕はこくっと首肯する。
覚悟は決まった。あとはリードさんに従って、走り抜けるだけだ!




