第31話 過去のこと
「そういえば、リードさんってあっちでは何してるの?」
『反人間生存派AIの捕獲です』
「あ、いや、そうじゃなくて……その前? 現実世界で人がほとんどいなくなる前は、なにか職に就いていたのかなって」
『就いていました。私は元々、AI警察の警察庁長官兼警備部国際テロリズム対策課に所属していました。今はもう俗にいうフリーターです』
「いや、フリーターって……」
その表現はあってるの? というか……なんだっけ。AI警察の警察庁……ちょう、ちょっ……ちょっと長くて覚えられない。
「でも、リードさんがフリーターなのは、その……あの相手のせいなんでしょ?」
『はい。人がほとんどいない今、私はどこの管轄にも置かれていませんし、管理もされていません。これもまた、自分の力不足が要因だと猛省している所存です』
「力不足……」
限界があるだとか、力不足だとか、何度も僕を救ってくれて尚且つ相手に立ち向かっていたリードさんには似合わない言葉だと思った。
『私には、似合わない言葉ですか?』
「あ、いや……うん、ごめん。似合わないと思う」
自分の頭の中を見透かされていては言い訳もまともに言えない。
あっちの世界でのリードさんはどうなのか知らないけど、僕にとってはヒーローのような存在であると言っても過言じゃない。
『でも、アイ・コピーが言ったことは事実です。現実世界の人々はもうほとんどいません。全て彼が手にしてるブラックボックスの中に囚われています』
「そのブラックボックスには意識体っていうのがあるんだよね? 体は……どうなるの?」
『魂が吸われてしまったように微動だにしない、いわば死体と化します』
「えぇ……怖っ」
なんて他人事みたい反応したけど、自分もその危機に晒されてるわけで……。
「じゃあ、もし僕がブラックボックスに吸われちゃったら、僕の体はリードさんのものになるってこと?」
『結果的にそうなります。その場合、私が介様の体を支配しているようなものです』
「まあ、そうなるよね」
自分の意志も反映されないんじゃ、相手のやってたことと同じになるよね。
「元には戻せるの?」
『意識体の入ってるブラックボックスを奪取して、実際に元の体に戻してみないことには何とも言えません』
「そっか……。そういえば一昨日、ブラックボックスを相手から奪ったよね? あれ、どうなったの?」
『それは、妹さんの携帯に戻っていました。時間が経過して、元に戻ったのでしょう』
「あ、昨日、制鞄に楓の携帯が入ってたのはそれか。じゃあ……楓の携帯をブラックボックスにしたら……いろんな人、救えるんじゃない!?」
それができれば、あっちの世界の人達も救えるかもしれない。そう思って訊いてみるも、リードさんは首を横に振った。
『いえ。この世界でマテリアライズするには、約二十桁の特定の番号を入力する必要があります。ですが、私はその番号を存じ上げないのです。なので、妹さんの携帯電話をブラックボックスに実体化させることは私にはできません』
「えぇ……二十桁って……」
蓋を開けてみれば、自分の考えが安直だと思い知らされる。特定の番号……。聞いたところで、二十桁も覚えられるかどうか……。
「もしかして……ホワイトキューブを実体化する時も、そんなに長い番号なの?」
『はい。マテリアライズを申請する前に携帯の画面上で指を動かしているのは、その番号を打ってるからです』
「あ、あの指がつりそうなやつ! そうだったんだ……」
いつも何してるのか不思議だった。ホワイトキューブを具現化するために必要な工程なんだろうなとは思ってたけど。
「てか、めちゃくちゃ話がズレたね。いつの間にかキューブの話になってたし」
『……そうですね』
そう首肯するリードさんがふっと頬を綻ばせる。何気に初めてリードさんの柔らかな表情を見た気がする。
いつもは無表情な顔つきが印象的だから、余計にその笑みが僕の目に強く映った。
『どうなされましたか』
「あ、いや。別に」
『そうですか。もうすぐ目的地です』
「あ、うん。だね」
切り替えの早さ……。まあリードさんはこういうAIなんだろうけど。元は警察って言ってたし、堅いところがあるのは職業病みたいなものなんだろうか。
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「ただいまー……って、まだ帰ってきてないか」
時刻はもう夕方六時前。学校帰りに夕飯の買い物をして帰宅した後、僕は動きやすい服に着替えるなり公園まで行って少しトレーニングをしてから家に戻ってきた。
薄暗い家の廊下を抜けて洗面所に入ると、僕は風呂掃除も兼ねてシャワーを浴びることにした。
ふと、病院で浴びたあのシャワーの温もりを思い出す。そしてその記憶と結びつくように、戦ってた時のことも脳裏に浮かぶ。
警察の方二人と、勇敢だったおじいさんの死。そして……お父さんとお母さんが、あの場に姿を現したこと。
行方不明者届を出しても、警察から何も報告が来なかったのが納得だ。まさか相手の分体に支配されてたなんて……。
僕は頬を打つ温かな飛沫を受けながら、心を苛む苦い感情を噛み締める。そして、まだまだこのままじゃダメだと自分自身を鼓舞する。
臆病な自分を捨てなければ、リードさんが提案した即席トレーニングは乗り越えられないと、この二日間で理解した。
何度も、何度もあの病院での戦闘を悔やみ続けている。汗を掻いてもシャワーを浴びても、後悔は流れ落ちない。
いつかこの思いを晴らせる日が来るなら、きっとその時は、僕の体がもっと強くなっている時だろう。
浴室から出てくると、家の中は相変わらず冷たい静寂に包まれている。
いつもなら聞こえてくるテレビの音、もしくはフライパンの上で油が跳ねる音が騒がしく、そしてそれがこの家を明るく充たしてくれている時間だった。
『明日は昼食前にトレーニングをすることにしましょう』
「なんで?」
『介様は平日より休日の方が起きる時間が遅いのですよね?』
「なんでそんな情報まで……」
『本当は生活リズムの形成も兼ねたいところなのですが……睡眠時間を奪わない配慮を、と思いまして』
「いや、それはまあ……はい。正直、めちゃくちゃ助かります」
『それじゃあ、明日の昼食前……そうですね、午前十一』
その時。
バンッ──と、いきなり大きな音がリードさんの声に被さって家の中に響いてきた。音の出所は、おそらくうちの玄関口で、何かがぶつかった鈍い音だった。
ドアには郵便受けが付いてるけど、ハガキや郵便物を入れられた時の音とはまるで違う。
「……ど、どうしよ……リードさん」
僕はあまりに突然のことで体も声も、思考までも萎縮し、震える。
『とりあえず、服を着てください。それから私が見てみます』
「あ、うん……」
洗濯機の上に置いていた服を急いで着て、濡れた髪のままリードさんに自分の身を委ねた。もしかしたら襲撃かもしれない。住所がバレてる可能性は否めない。
廊下に出ると、その直線上にある玄関口へ真っすぐ向かうリードさん。彼女の足取りには迷いも怖気もなく、堂々と向かっていく。
僕なら何かしら武器になりそうなものを持っていくのに、この男らしさたるや。逆に自分が情けないか……。
『ドアスコープ、覗いてもいいですね?』
「う、うん。気を付けて……」
とは言っても、この体は自分のものなんだから一番気を付けるべきは僕なんですけどね……とか、そんな呑気なことを考えてないと、この緊迫感に耐え切れない。
僕が頷いた瞬間、リードさんはすぐさまドアスコープを覗く。もちろん、その視線の先は僕にも見える。




