第102話 とあるバンドの聴衆
「え、僕ですか?」
「愛田介は俺達のバンドの曲知らないけど、いいの?」
「え、本当か! じゃあ新規ファン獲得のチャンスでもあるわけだ! よし採用!」
「え、えー……」
そんな急に言われても……。
「いやでも、今クラスの出し物の装飾品を作ってて……」
「いやいや、バンドのリハーサル練習を生で見れるんだよ? 他のファンが聞いたらどう思うか……」
「うわぁ……谷やん、悪い顔してんなぁ……」
悪い顔と言うか、眼鏡がギラギラに光ってるのが怖い。なぜか分からないけど、檻の中にいるモルモットの気持ちを理解できた気がする。
「一曲だけだ、いいだろ? その後ジュース一本くらい奢る! な?」
「いや、そのー……」
これはとても重たい頼みごとをされてる。そのバンドの演奏を聞いて感想とか……素人の僕が言えるのなんて、いいね! とか……それしか思い浮かばない。
ど、どうすれば……リードさん、どうすればいいですか。
『一曲だけというならいいんじゃないでしょうか。ジュースも奢っていただけるようですし、別に悪い方ではないですし』
『俺も聞いてみたいなー 久しく音楽は聞いてないから』
『確かに、言われてみれば私もそうですね』
「……はい。一曲だけなら……」
「おー、本当か! ありがとう愛田くん!」
多分、というか絶対に今の僕は上手に笑えてないだろう。頬は上がってるというより引きつってる感じがする。
だけど生徒会長さんは嬉しそうに眼を輝かせて僕を見つめている。その瞳には、確かに僕の苦笑いが映ってると思うんだけど……。
視界の端で緒野竣くんの哀愁漂う表情が見えて、僕は内心悲しくなった。
「よし、じゃあ行こう! 愛田くん、装飾品は一旦置いて!」
「あ、うん……」
幸い、教室の端っこにいるからか誰も僕たちを気にしてない。皆、手元の作業に集中していて、その間に僕と緒野竣くんはひっそりと教室を出ていくことができた。
帰ってきたら怒られる。それを承知の上で、僕は抜け出した。きっとこれは文化祭マジックだろう。
そんな不確かな高揚感と少し先の未来への不安を抱きながら、僕はおそるおそる生徒会長さんの後を付いていく。
「君たち、クラスの出し物の準備を放り出して僕に付いてくるとか不良だね」
「どの口が言うよ」
誘ったのは紛れもなくあなたじゃないですか。
「僕は生徒会長だぞ! この学校のみんなが選んでくれた生徒会長だぞ!」
「職権濫用したらみんなの清き一票が穢れるぞー」
「ふんっ! 僕の信用はこんなもので落ちはしないさ! どうせ二人も、票は僕に入れたんだろ?」
目を細めて、口角は今にも天井を突き刺しそうなほどに上がっている。なんとも下衆な笑顔を浮かべながら、後目に僕と緒野竣くんを見据えていた。
生徒会長さんがこんな人だったとは……ほんとに知らなかった。
「俺、別のバンド行ってもいいな。方向性の違いで解散ありそうだし」
「申し訳ございませんでした緒野様。何卒、私の無礼をお許しください」
「じゃあバンド練習終わったら、俺にコンビニスイーツをひとつ奢れ」
「ははぁー!」
急に廊下のど真ん中で土下座する生徒会長さん。ここがもう別棟で人目のない場所だからか、躊躇なく緒野竣くんに頭を下げている。生徒会長さんがこんな……以下略。
「そういえばなんですけど……リハーサル練習はどこでやるんですか?」
「あー、この先にある視聴覚室だよ」
「あ、音楽準備室とかでやるんじゃないんですね」
「そこはもう先客がいるんだ。別のバンドが使ってる。僕たちは視聴覚室を使って練習することになった」
「リーダーがじゃんけんに自信あるって下手なこと言わなければ……」
「それはもう言うな! この世界は結果がすべてだ! 例え僕みたいなクソ真面目ロックンロール野郎でも生徒会長になれるんだから!」
「急に意味分からんこと言うな。はよ立て。そして歩け」
え? 緒野竣くんから聞いてたリーダーって……この人なの!? 生徒会長さんがリーダーなの!? 学校だけじゃなくバンドでもリーダーやってるの!?
「え、リーダーさんって生徒会長さん!?」
「あー、その通りだ! 生徒会長兼バンド『七三分け』のリーダー、谷山英雄とは僕のことさ!」
やっぱりお父さんの言う通り、人は見かけに寄らない。てっきり別の人がリーダーと思ってたけど、この生徒会長……谷山くんがバンドのリーダーをやってるんだ。
「あれ、言ってなかったっけ? 谷やんがリーダーって」
「いや、聞いてないよ。リーダーは変……」
やばい、本人の前で言っちゃいけないことを言いかけた。というか、もう半分声に出してしまってる……。
おそるおそる谷山くんの方に視線だけ向けると、そのレンズ越しに見える瞳が豹変していた。
「変……? おい、竣。お前なにを吹っかけた」
「べーつに。ただうちのリーダーは『音楽と同化したい』とか言う変態だって言っただけ」
「変態? 本能の赴くままに発言しただけだぞ! 音楽と同化したいって!」
「うん。だからうちのリーダーは音楽好きの変態だって説明したんだよ」
「なるほど! なら合ってるからおっけーだ!」
おっけーなんだ……。
「はよ行こうぜ。多分、もう二人は行ってるんだろ? 先に」
「まあ鳴と音羽はドラムとキーボードだし、二人ともセッティングに時間かけるタイプだし」
緒野竣くんが言ってた女子二人のメンバーだろう。僕の中でドラムは男の人がド派手に叩いてるイメージがあるけど、このバンドでは女子が叩いてるようだ。
緒野竣くんたちのバンド事情について話を聞きながら、僕は静かに後をついていく。
もちろん二人の会話に僕が入る余地などなくて、だけど二人のやり取りを傍で聞いているのは存外居心地悪くなかった。
「お、もう早速やってるなー」
視聴覚室の表札が見えると、途端にさっきまで聞こえてこなかった打楽器の激しい音が微かに聞こえてくる。
すると、さっきまでただの友達同士のように緩んだ顔をしていた二人が強張る。けれど口角は微かにくいっと上がっていた。
反して僕は、何も知らない場所へ踏み込むことにただただ緊張している。それでも何が待ち受けているのかという僅かな期待が僕の背を前へと進めていた。
そうして辿り着いた扉は容易く開け放たれた。




