第101話 文化祭準備大詰め
文化祭準備最終週ということもあって、放課後に残って出し物の準備をする人達が先週よりも多く見られる。
教室や廊下は、いつも以上に慌ただしい。騒々しい声がどの教室からも漏れていて、てんやわんやしてる感じだった。
それはうちの五組も例外ではない。
「ちょっと赤井澤、パネル作りサボんないでよ」
「いや、柏木のやつ待ってんだよ。それとくっつけるんだろ?」
「は? 私が遅いって言いたいわけ? 地区予選決勝負けたくせに」
「今それ関係ないだろ!」
「三之助、できたぞ! 暗殺者が使ってる短刀や!」
「おー! 努すげー!」
「二人ともー 装飾品は普通に作ってー」
僕たち五組は今、主に教室を彩る装飾品の創作を行っている。
ユニフォームカフェということで、各々のユニフォームを模したパネルや折り紙で作る輪飾りなどを作っている。
僕は輪飾り担当なので教室の隅っこの方、廊下側の席で静かに作っていた。
「愛田介、見てくれたか? 俺のバンドの動画!」
緒野竣くんと。
「あ、ごめん。まだ見れてない。ていうか、そもそも動画のURLって送ってもらってるんだっけ?」
「え、わりぃ。言うだけ言って送ってないかもしれん」
そういえば、緒野竣くんが所属してるバンドの名前も知らない。
それにいつもギターケースを持ってきてるけど、先週もそうだが部活の方に顔を出さなくていいのだろうか。
軽音楽部なら文化祭の時に演奏するだろうし、練習とかの時間も必要だろうし。
「そういえば緒野竣くんは部活の方、大丈夫なの? 行かなくて」
「あー、今日はバンドの練習に行くかな」
「あ、じゃあ装飾品の方は僕がやっとこうか?」
「いや、大丈夫。メンバーが迎えに来てくれるまでやるからさ」
「迎えに来てくれるんだ。すごいね」
「別にいいって言ったんだけど、リーダーが『お前はいつも集合遅れるし、連絡しても反応遅いから教室で静かに待っとけ』って」
腫れ物扱いされてるんだ……。
「緒野竣くんのバンドって何人なの?」
「四人。男子二人、女子二人でやってる。俺はギター! リーダーはボーカルとベースで、女子二人はキーボードとドラムやってる」
「あー……ごめん。そういうのあんま詳しくなくて」
「まあ普通はそうだよな。ここでは俺が超かっけぇギタリストってことだけ分かっとけばいい!」
その派手な見た目も相まって、僕の中では結構イケイケバンドマンのイメージしかない。
ボーカルよりも前に出て観客に怒涛のアピールをして、ソロパートではギターを掻き鳴らしてるようなイメージ。
これは下手に口に出せないな……黙っておこう。
「緒野竣くんは、ギターが好きなの?」
そう訊いてみると、緒野竣くんは難しそうな顔をする。そのまましばらく考え込むと、やがて重たい口が開いた。
「好き……いや、嫌いじゃないって感じかな」
「あ、じゃあギター弾くのはあんまりってこと?」
「いや、多分そうじゃないんだよな。ギターもそうだけど、ドラムとかベースとか何使って演奏しても、多分この楽器が好きで演奏することはないと思う。だって俺が好きなのは音楽だから。ギター……というか楽器は俺と音楽を繋ぎとめる鎖みたいなものって感じだな」
こうして話してると、僕の中にあった緒野竣くんという漠然としたイメージが徐々に覆されていく。
彼は真摯に音楽と向き合っているのだと分かってきた。
単純に目立ちたいだとかモテたいとか、そういうステータスを意識してるんだろうなと思ってたけど……やっぱりお父さんの言う通り、人は見かけに寄らない。
「音楽そのものが好きなんだね」
「そっ! 俺は音楽で世界を渡り歩いてさ、音楽でみんなと一緒に盛り上がりたい。俺が好きなものをみんな好きになって楽しく笑ってくれたら最高だよなって。くっそ自己中な夢だけどね」
語っている緒野竣くんの表情は、終始笑みが絶えない。本当に心から自分の夢を話してるんだと伝わってくる。
「いいね、そういう夢あるの」
「愛田介はないのか? 夢とか目標とか」
「僕は……」
夢……なんだろうか。夢とは違う気がするけど……
「緒野竣くんほどじゃないけど、家族と一緒に色んなとこ行きたいなーって」
小学校の時に行けなかった旅行、行く予定だったのに僕のせいでダメになった旅行。お父さんとお母さん、そして楓が帰ってきたら、四人でどこかに行きたい。夢とは言えないような、そんな小さな目標が僕にはある。
面白みなんて何もない話なのに、緒野竣くんは笑って聞いてくれていた。
「ええやん。あるだけでいいんだよ、そういうの。そういえば、うちのリーダーが言ってたわ。『夢は大きいか小さいかじゃない。その一瞬を叶えるためなら全て捧げてもいいと自分が思える価値のあるものかどうかだ』って」
「そ、そんな偉人みたいなこと言うんだね。リーダーさん」
「まあうちのバンドの動画投稿を始めたのはそいつでさ、そういうのって何かしらネジ飛んでないと普通やんないじゃん? まあ、ちょっとね。おかしな奴なわけよ」
確かに緒野竣くんのバンドが動画投稿を始めた経緯もちょっと気になるし、そのリーダーって人がどんな人なのかも気になってきた。
緒野竣くんが言うから、音楽が余程好きなんだなっていうのは分かったけど。
「リーダーさんも、よっぽど音楽が好きなんだね」
「音楽の中でも特に洋楽っていうジャンルがあるんだけど、そこに対する熱意はすごいな。あいつはやべぇよ。『音楽と同化してぇ』とか言うおかしな奴だから」
その人をおかしな奴という一言で片付けるのは些か無理があるのでは……?
「僕の悪口が聞こえた気がするが?」
ふと、廊下の窓から一人の男子生徒がひょっこりと顔を出す。僕はまったく話したことがないけれど、おそらく全校生徒が知っているであろう生徒会長の谷山英雄くんだった。
僕は驚きすぎて声が出ず、代わりに体が悲鳴をあげるように震えた。
「お、よっす。もう練習行く?」
「行く。そういえば今日は実際に聴衆を入れての練習を考えてたんだけど、誰か聴衆に適してる人知らないか?」
「え? 谷やんの方で人誘ってたんじゃないの?」
「いや、生徒会のみんな文実とかクラスの出し物とかで忙しいって言うからさ」
「じゃあもうよくね? 別に人入れる意味ある?」
「ある! ネットと生じゃ違うし、人がいるいないでも違う。人いない状態カメラない状態で練習やったらうちのメンバーだらけるしな! なっ!?」
緒野竣くんに言葉だけじゃなく顔でも圧をかけていく生徒会長さん。というか、生徒会長さんが緒野竣くんと同じバンドメンバーなんだ。
きっちりしていて真面目そうな印象が強い彼がバンドを組んで演奏してる想像がつかない。
眼鏡をかけてるからそう思ってしまうのかもしれない。あと、前髪がきっちり七三分けになってるからかもしれない。……いや、多分どっちも関係ないな。
「分かった分かった。で、どういう人がいいんだよ」
「誰でもいい。君はどうだ?」
レンズがきらりと光ると、その奥にある黒い瞳が僕をがっちりと捉えた。




