青空
「おはよう」
「おはよう、朝御飯できてるよ」
「いただきます」
簡単なものしか出来ない父は、ハムによく頼る。
今日もハムエッグにしっかりめに焼かれたトーストに牛乳。
それと洗わなくていいキャベツ。
似たようなメニューしかできなくても仕方ないって思っている。
だって、私がご飯を作れるわけじゃないから。
作れないわけじゃない。
小さな頃は、母と一緒にケーキを作ったり、ご飯も作った。
だけど、あの日。
「亜里沙ちゃん、お母さんに内緒で遊びに来たの?」
その言葉に私は泣いた。
亜里沙ちゃんは、お母さんの従姉妹である美穂子おばさんの娘だ。
「今日のトーストは、苦いね。焼きすぎた」
「えっ?あっ、本当だ。焦げてるね」
「だろう。いやーー、今日は朝から忙しかったものでね」
忙しい?
いったい何が忙しかったのだろう。
「ごちそうさまでした」
「片付けは父さんがやるから!はい、理子。お弁当」
「これ、何?」
「青空君と茜ちゃんと一緒に食べなさい」
「はあ?」
「いいから、いいから」
お正月にしか使わないようなお重箱を渡される。
こんなの持って行ってる人いないでしょ。
「お父さん……」
「どうした?」
「行ってきます」
いらないとは言えなかった。
だって、左手の指にたくさんの絆創膏が巻かれていたから。
きっと、いっぱい痛い思いをしながらこのお弁当を作ったのだろう。
ーーってか重っ!!
自転車のかごにお重を入れる。
一緒に食べなさいって言われたって困る。
私は、二人に酷いことを言ったのだから。
「おはよう」
「何でいんの?」
「何でって。昨日、理子のお父さんからこの辺に住んでるって聞いて。あーー、家近いなって思ったから待ってた」
「待たなくていいし」
自転車に乗ろうとした私の荷台を青空が持つ。
「何?」
「歩いて行こうよ!」
「嫌に決まってるじゃん」
「決まってないでしょ?」
「決まってる」
そう言いながらも自転車を押して歩いてる私がいる。
「うわーー、朝から臭子にあっちゃったじゃん」
「最悪」
「やばーー」
「だったら、見なかったらいいだろ」
「青空」
「はあ?お前誰?」
「誰って彼氏だよ!!」
「えっ?」
「マジで言ってんの」
「やめてよ、青空」
青空がイケメンすぎるからか。
みんな固まっている。
「行くぞ!理子」
「ちょっ、ちょっと」
青空は私の自転車のかごを引っ張っていく。
彼氏って……。
さっきの青空の言葉に胸がドキドキする。
でも、どうせ。
忘れちゃうんだよ。
「おはようございます」
「おはよう」
「キャーー、挨拶返してもらちゃった」
「よかったじゃん、ほのか」
「もう、朝からめちゃくちゃ嬉しい」
やっぱり、青空は学校でも人気なんだ。
「どうした?」
「別に、何もない。自転車停めてくる」
「うん」
自転車を停めに行く。
まだ、青空を好きなんだ。
「おはよう、理子ちゃん」
「あ、茜ちゃん」
「それ、お弁当?」
「あっ、うん。お父さんがみんなで食べてって」
「みんなって私も入ってる?」
「もっ、もちろんだよ」
「やったー!じゃあ、彼氏も呼んじゃおう」
「か、彼氏?」
「あれ、青空君から聞かなかった?私の彼氏。青空君の友達なんだよ」
「あ、あのさ」
「あかねー」
「じゃあ、彼氏が呼んでるから」
「あっ、うん」
聞いたところで、何もならないのに……。
だけど、知りたくなった。
茜ちゃんが今日まで何をしてたのか?
「遅い!」
「そ、青空」
「持ってやるよ」
「あ、ありがとう」
茜ちゃんや青空のことが知りたくなる。
どうせ、忘れるのに。
それでも、知りたくなる。
「楽しみだなーー」
「お弁当?」
「そう、理子のお父さんの」
「そうだね」
わかっている。
いつかは、青空が私を忘れるが。
私が青空を忘れる。
それでも、父が話すような青春?ってものを私もできるのだろうか?