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何の思い出もない場所。

 帰宅してドアノブに鍵を入れる。

 学校近くの戸建て。

 運良く借りれた古民家風。

 父は、すごく気に入っていた。



「理子、お帰り」

「帰ってたんだ」

「ああ。さっきまで、恵美子もいたんだけどね。信夫君の晩御飯作らなきゃいけないから帰っちゃった」

「そう」



 どうして?

 そんなにヘラヘラ笑っていられるのかわからない。

 だって、ここには何の思い出もなくて。

 ここにいると母は、もう。

 死んでしまったかと錯覚する。




「お母さんの荷物は、もう出さないの?」

「そうだね。今は、使わないからね」

「そう」



 乱雑に置かれていた母の荷物は、すべてダンボールに仕舞われている。

 4LDKの家の2階にある納戸に収納されている状態だ。

 引っ越し業者が綺麗に積んだダンボール。

 その中に、全部母のものが収納されていて。

 室内に下がる部屋干しの洋服が、辛うじて母が生きていることを証明してくれていた。




「明日は、母さんのところに寄って帰ってくるから遅くなるよ」

「あれ、持ってくの」

「そう。ホームは、少し肌寒いみたいでね。桜色のカーディガン、気に入ってるから」

「そう」

「あれ理子が7歳の時の母の日あげたの覚えてない?」

「覚えてない」

「そうか、残念だな」



 私は父に嘘をついた。

 本当は覚えている。

 祖母に忘れられて落ち込んでいた母をどうにか励ましたいからと父にデパートに連れて行ってもらったのだ。

 父と一緒にこのカーディガンを買った。

 お年玉とお小遣いだけじゃ足りなかったから、半分こにしようって父が言ってくれたのだ。


 プレゼントしてから母は、肌寒い時や春先によく着てくれた。

 それが嬉しくてたまらなかった。




「新しいの買えば?ここ、ほつれてる」

「どれどれ。あーー、これぐらいなら父さんが縫って直すよ」

「貧乏みたいだからやめなよ」

「理子は知らないだろうけど。母さんは、このカーディガンを着ると機嫌がいいんだよ」



 父の言葉に私は目を伏せた。



「理子」

「何?」

「人間ってのは五感を感じるんだ」

「そんなの知ってる」

「だったらいいことを教えてあげる」

「何?」

「母さんは、理子や父さんを忘れてしまっているけど。このカーディガンのことは覚えているよ。昔、とっても大切な人にいただいたんだって嬉しそうに話していたから」

「そんなの嘘」

「嘘かどうかは理子が決めることじゃないだろ?」

「そんなの嘘に決まってる。お父さんの作り話よ」

「理子……」



 2階への階段を駆け上がって部屋に入る。

 今さら、どうしてそんな話をしてくるの?



ーーコンコン


「何?」

「理子……あのな」

「何?」

「お祖母ちゃんや母さんが理子を忘れても。父さんは忘れない!それに、茜ちゃんや青空君と一緒に学校生活を楽しみなさい」

「お父さんには、関係ないでしょ」

「そうかも知れない。でもね、父さんは理子には、普通の高校生として生きていって欲しいな」

「今も普通だから」

「理子……」



 父の声を無視するようにベッドに潜り込んだ。


 普通の人生なんて私にはない。

 母のようにいつかは私も誰かを忘れて。

 その誰かにも忘れられるだけ。

 待っているのは、それだけ。

 


 そんな未来。

 父が一番わかってるのに……。



「理子、パパ。似合うかな?」


 桜色のカーディガンに袖を通した母は、満面の笑みで私達に聞いた。


 母が覚えているなんて嘘だ。

 絶対覚えていない。

 私のことも父のことも。

 だから、私は会わないって決めた。

 忘れるぐらいなら、死んだらいいのにって。

 何度も思った。

 でも、その度に自分を呪った。



ブブッ


 

ーー何で?



【理子のお父さんから教えてもらった。また、明日学校で   青空】



 何で、勝手なことするの?


ブブッ 



【お父さんのこと怒らないであげて欲しい】



 どうして。

 私に関わるの。

 どうして。

 ほっといてくれないの。

 

 涙でスマホ画面が滲む。

 画面の青空の文字を指でなぞる。


 忘れたくない。

 忘れて欲しくない。


 だけど。









 怖い。

 

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