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SPRINT 15:友人の助けで活路を開く

御者が運行の再開を伝えに来たとき、マリト達を拉致している偽ナースと偽従者の二人組は、それまで車椅子を地震の揺れから抑えるために、車椅子の前後を押さえるように座っていたが、立ち上がって移動の準備を始めた。

ナースは従者に話しかけた。

「車椅子を固定しているロープをほどいてもらえますか」

従者は車椅子をつないでいる木の裏側へ向かった。


続いて、車椅子のマリト達に向かって話しかけた。

「奥様、時間が余計にかかってしまったので、お薬を追加で打っておきますね」

そう言って、車椅子の後ろにあるバッグから注射器の準備をはじめた。


アランとケイは10メートルほど離れた、別の木の下に座って、何やら発明の話をしている。

車椅子の白いベールが虹色に輝いたのはそのときだった。


◇


PINGは、自分がアクセスしているネットワークが、目的とするサーバーやプロセスとつながっているかを調べるための疎通確認のコマンドだ。

この名称は、潜水艦で見えない相手を探知するために打つ『ピン』という探信音から来ており、その探信音を打つこともPINGと呼ぶ。

このコマンドは、マリト達の大学の研究室で開発された、MD粒子を使った思念操作型の義手とつながっていることを確認するのにも使われていた。

つながっていることが確認できると、LEDが虹色に光るようになっていた。


『同じコマンドで、同じ光がチョーカーから発せられたことは、偶然とは思えない』

その思考がマリトの頭をよぎったが、深く考察している余裕はない。

自分には何一つ動かせないにしても、アランとケイ達の様子を見守る義務がある。

相手は明らかに訓練された者達である。

『この場は、逃げて、救援を求めるのが最善手だ』

『戦って奪還しようなどという考えを起こさず、逃げてくれることを祈る』

しかし、そうはいかなかった。


◇


虹色の光を見たアランとケイは顔を見合わせた。

ケイがつぶやいた「今のは、精霊契約の…」

後をアランが引き継いだ「証(あかし)の光だ」

言い終わらないうちに、アランは座っている状態から、まるでスプリント競技のスタートのように、車椅子の方へ猛然と飛び出た。

アランは車椅子のナースのいない側である、左側に駆け込み、ベールに手を伸ばした。


ナースは大柄の男子学生が突進してくるのに気付くと、準備中の注射器などをマリト達の膝の上に置き、学生を追いかけるようにして車椅子の反対側に移動した。

そして、どこからか取り出した刃渡り20cmほどの両刃の短剣を右手に握り、流れる動作で切っ先を動かした。

短剣の切っ先は、学生の左首筋――チョーカーの位置を正確に狙って下から上へ頸動脈を薙いだ。


アランの手がベールを開き、ラミーシャと目が合うのと、ナースの短剣が首筋に到達するのは同時だった。

アランはとっさに首をひねって避けようとするが、間に合わない。

短剣の切っ先は頸動脈を切り裂くのに十分な力を伴って首筋に届いた。


マリトはその瞬間、自分が取り返しの付かないことをしてしまったことに気づいた。

相手は他国から一般人誘拐を企てるような連中である。

学生だろうが邪魔者は容赦なく排除する。

ラミーシャの友人二人を巻き込んでしまった。

自分たちの存在が伝わらなければ、ふたりとも何事もなく学生寮に着いていたはずだ。


もう一人の従者を装う大男は、小柄の女子学生のほうに突進した。

彼女は片足をギプスで固められ、松葉杖を使っている状態だ。

逃げること自体難しい。

彼女が松葉杖を頼りに立ち上がるのと、従者の巨体がその背後に回って、首に太い左腕を巻き付けるのが同時だった。

そして右腕を学生の頭の上部に回して力を加える。

大きな「ボキッ」という音がした。


◇


首筋を切り裂こうとした短剣は、確かに学生の首筋に届いたが、しかし、傷付けることはできなかった。

チョーカーに阻まれて、その下の首の皮膚にまで到達できなかったのだ。

チョーカーは見た目はただの布にしか見えないが、極めて高い防刃性を備えているらしい。

ナースは一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに次の動作に移った。


アランは体勢を立て直し、身体全体を後ろに回すようにして偽ナースに対して正対した。

アランの首筋をかすめた切っ先は、肩の位置から斜め下に半円を描くように移動し、アランの腹部の正面に一瞬止まった。

そして、ナースが一歩前に踏み出しながら、身体と一緒に腹部に向けて腕を突き出す。


アランは左腕で第2撃から腹部を守りつつ、相手の右側に回り込むようにして、身体を右側に開く。

同時に、右足で地面を蹴り、膝蹴りと上からの肘落としで、短剣を持つ腕を挟み込むように打ち据えた。

ナースの腕に激痛が走り、感覚がなくなった手から短剣が滑り落ちた。

形勢逆転だ。


ナースがしびれる右腕を引き、一歩下がるのと同時に、学生の右腕がフックの要領でナースの顎を狙った打撃を繰り出す。

ナースは左腕を学生の重い右腕に当てて軌道を逸らすと同時にその反作用で、後ろに飛び下がる。


右腕が空を切ると同時に、学生がさらに一歩踏み込み左腕によるパンチが繰り出される。

ナースはかろうじてそれも避け、さらに続く右腕のパンチの下をくぐる様にして、男子学生の懐に飛び込み、ボクシングのクリンチのような形で抱きついた。


アランは密着した相手の腹部にフックのパンチをたたき込もうとする。

その瞬間、背中のあたりで「プシュッ」という音がした。

アランの動きが止まった。

ナースが身体を引き離し、一歩、後ろに下がると、アランはゆっくりと崩れ落ちた。


ナースはふうっと息をつきながら、つぶやいた。

「危なかった……魔法学院の学生は手強いとは聞いていたが……これは化け物だな」

ナースは注射器を持っている右腕を下ろし、倒れている男子学生を確認し、もう一組の戦いに目を向けた。


首に腕を巻き付けられたケイは、従者の腕力に屈しないように顎を固めて耐える。

健常な右足の方の松葉杖から、手を離して、巻き付かれた左腕の手の甲に自分の手を添える。

そして指を手のひら側に差し込み、左手全体をつかむと、自分の腕を引きながら、相手の手首を目にもとまらないスピードでひねった。


チョーカーが一瞬、黄色く光る。

土属性魔法の発動により、掌の接触面の摩擦係数が最大化され、相手の手首に強力な回転力が加わった。

「ボキッ」

意外なくらい大きな音を立てて、従者の左手首が、ねじ切られたように180度回転した。


突然の左手首の激痛と同時に、男の左腕全体の感覚がなくなり、巻き付けていた腕に力が入らなくなった。

彼は何が起きたか理解できなかったが、痛みで絶叫するのを強靱な精神力で抑えた。

巻き付けられていた腕が緩んだタイミングに合わせて、ケイは後頭部で襲撃者の顔面の鼻から下あたりを打ち据える。

人中と呼ばれる部分だ。

歯が折れて、顔面から血が飛び散る。


ケイは健常な右足と反対側の松葉杖で、器用に半回転し、たまらず後ろへ下がる男と正面から向き合った。

間を置かず、自由に動かせる右腕で、がら空きになっている男の左脇腹にフックを打つ。

再びチョーカーが黄色く輝く。

地面と接する面の摩擦係数の最大化により、常時発動魔法で強化された筋肉が生み出す力が無駄なく伝えられる。

左側の松葉杖でバランスを取りながら、地面を蹴る右脚と右腕の力を合わせた力が、爆発的に相手に加えられた。

ぐしゃり、と鈍い音を立ててあばらが数本折れた。


男は痛みに顔をゆがめつつ、使える右腕で学生に向けてフックを繰り出す。

ケイは、頭を下げてそれを避けるのと同時に、後ろへ体をひねり、襲撃者の左側頭に、ギプスのついた左足を後ろ回し蹴りで叩き込んだ。

三度、チョーカーが黄色く輝き、男の頭部を強打したギブスは砕け散った。

従者は意識を失い、ゆっくりと後ろ向きに昏倒した。


◇


ナースが麻酔で倒した男子学生を引き剥がしたときには、女子学生が自分に向かってくるところだった。

両側の松葉杖と健常な脚をリズミカルに動かし、人間の動きとは思えない足運びと速さで迫ってくる。

その後ろに仰向けに倒れている自分の部下を見てつぶやいた。

「ウソだろ…うちの部隊で負け知らずのイトウが……」

落ちている短剣を一瞥すると「これじゃ止められないな」とつぶやいた。


ナースは車椅子の背後に素早く回りバッグから何かを取り出した。

車椅子から数歩前の位置に移動し、女子学生が近づくのを待った。

マリトは後ろからナースの右手に筒状の物体が握られているのを見た。

『まさか、銃?』

『逃げろ』とマリトは声を出そうとするが、出せない。

『くそ、まだ無理なのか』


女子学生との距離が、もう一歩で手が届くという距離まで縮まるのを待って、ナースは腕を水平に持ち上げた。

学生は一瞬、不思議そうにその物体を見つめる。

バンという大きな音が響き渡ると同時に、腹を押さえて倒れた。腹部から赤いシミが広がっていく。

『ここは、剣と魔法の世界ではなかったのか』マリトは愕然とした。


「信じがたいな。麻酔薬と銃がなければ、全滅していたのはこっちだった」

そうつぶやいたかと思うと、御者がいなくなっていることに気付いて、声を上げた。

「トミオカ隊長は!?」


襲撃者と学生が戦っている間に、御者は逃げることが出来たようだ。

これで状況が伝わり救援が来てもらえる。

活路は開けたが、そのための犠牲は大きかった。

マリトは改めて自分の無力さを呪った。


#STATUS: SPRINT SUCCEEDED WITH SERIOUS CASUALTIES. CRISIS STILL UNFOLDING.

魔法学園の皆さん、めっちゃめちゃ強いですね。でももう一歩のところで救出に届きませんでした。さすがに、銃を使うのは反則だろうと思われませんか?

アランとケイが残念なことになりましたが、彼らの奮戦に敬意を示してくださる方、いらっしゃいましたら、「いいね」をお願いします。

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