SPRINT 12:ナースに秘密を漏らさない
久々に友達と話ができたラミーシャはご機嫌だ。
友達が帰って病室に戻っても、楽しさの余韻が残っていた。
もう少しで秘密が漏れかけたことはまるで気にしていない様子である。
マリトも楽しい気持ちを共有していて、この良い雰囲気を壊すのは野暮な気もするのだが、今ここでしっかり振り返りをしておかないと禍根を残すと思った。
「ミーシャ、お話があります」
少し重々しい口調で伝えた。
「はい」ベッドに腰掛けた状態で、ラミーシャは神妙に答えた。
「ミーシャ、理事長も言っていたよね」
「私が君の中にいることは、絶対に漏らしてはいけないと」
「でも、さっきの会話の中で、何度も口を滑らせそうになったよね」
「もっと注意して話すようにしないと、秘密は守れない」
ラミーシャの楽しい気分は消え失せ、悲しい気持ちで一杯になった。
「絶対に秘密を守らないといけないって、私、わかっています」
「私なりに気をつけていました」
目に涙が浮かんできた。
「でも、わたし……お父さんが来てくれて、うれしくて」
「友達もお見舞いに来てくれて、うれしくて」
「いろいろな話をしているうちに、楽しくなって、気づいたらうっかり話をしてしまいそうになってるんです」
「でも気づいたときには、不自然でも話題を変えたりしていました」
「自覚はあるんだね。楽しくなってきた時は特に、注意深く話すようにしてください」
「ただ、会話が不自然に止まったり、『お父さんが』というのはさすがにまずい」
マリトは少し厳しめに指摘した。
「それなんですけど、そのどっちもお父さんが関係しているんですけど」
ラミーシャが不満そうに抗議した。
「お父さんと話をするときは、注意をそちらに向けるので会話が止まっちゃうんです」
「それに、それに…」
目に涙を浮かべながら、言いよどんだ。
「言いにくそうだけど、怒らないから言ってみて」
「私……私、お父さんの慌てぶりが、すごく可笑しくて、耐えられなくなって、笑っちゃったんです」
「でも、それを友達に見つかっちゃって、私もうどうしたらいいのかわからなくなっちゃって」
「同じことが起こったら、私やっぱりうまくできる自信はないです」
泣きそうになるのを堪えながら訴えた。
『確かにそうだった。ラミーシャだけ責めることはできないな』マリトは反省した。
「そうだね」
「私が騒いだのも悪かった」
マリトは認めた。
「でも、私にとって、この世界は驚くことだらけだ」
「この先も、どんなことで慌てないとも限らない」
「ここは、二人で協力して克服していこう」
ラミーシャはこくりと頷いた。
「誰かと話をしているときには、その内容に集中すること、というのを大原則にしよう」
「私の反応よりも、相手の話や様子の方を重視して欲しい」
「話の途中で黙ったり、笑ったりすると、疑われてしまう」
「私が騒いでいても、そこに気を取られるとぼろが出やすい。だから、あえて気にしないようにしてください」
「その代わり、しっかり考えながら話をするように、いつも気をつけてください」
「わかりました。そうします」
ラミーシャは涙を拭きながら答えた。
『思えば、今日は朝から何度も泣いたり笑ったりしたものだな』マリトは振り返る。
『泣いて、笑って、喧嘩して……そうして家族の絆は作られていくんだな』
感慨深く、そう思った。
◇
しばらくするとドアをノックする音が聞こえた。
ベッドに腰掛けて、この世界について、気の向くままにマリトと話をしていたラミーシャが顔を上げると、ナースが入ってくるのが見えた。
「シーツを取り替えに来ました」
そう言って、ラミーシャを椅子に移動させると、シーツの交換を始めた。
『さっき友達と話しているときにすればよかったのに……まあ、いろいろ都合があるんだろう』とマリトは思った。
「ずいぶん、血行も良くなって、具合はもう大丈夫そうですね」
「先ほどのお友達とも普通に話ができました?」
「はい。久しぶりなので、たくさん話しちゃいました」
「それは良かったですね」
「皆さんに、倒れた原因を聞かれたりしませんでしたか?」
「はい。みんな心配してくれて」
「どう答えたんですか?」
「魔法アレルギーのせいらしいという話をしました」
ナースの手が止まり、驚いた顔になった。
「えっ、その話をしてしまったんですか?」
『それも秘密だったのか』マリトは驚く。
ラミーシャの驚きと焦りが伝わってくる。
「え……はい。まずかったでしょうか?」
「先生から『絶対に話をしないように』と聞きませんでしたか?」
「いいえ。そういう説明になっていると言われました」
ナースが怪訝そうに首をひねった。
「……わかりました。先生に報告しておきます」
そして、深刻そうな口調で付け加えた。
「まさかとは思いますが、それ以上の話はしていませんよね」
ラミーシャの焦りはさらに深まる。
「それ以上の話と言いますと…?」
ナースは声をひそめた。
「賢者様が来られていると気付かれるような話は、してませんよね」
ラミーシャは、大きく首を横に振って答えた。
「いえ、それは大丈夫です。絶対」
「ちょっとヒヤッとするところはありましたが、シノハにも助けてもらって……気づかれてはいません」
ナースは微笑んだ。
「そうですか。十分に注意してくださいね」
「彼女の力を必要としている人たちは、たくさんいますからね」
「はい。シノハは本当に頼りになる親友です」
ナースは一瞬、不思議そうな表情を浮かべた。
話が噛み合っていないのか?
『彼女』というのは別の誰かを指しているのか。
ひょっとして――彼女というのは私のことか?
召喚された賢者は女性だと思われている……つまり、細かい事情は聞かされていないということか。
いや、まったく知らされていないのか。理事長は病院関係者にも秘密だと言っていなかったか。
――やられた。
たしか「ギルト・インダクション」というのだったか、心理学の授業で習った気がする。
相手に罪悪感を抱かせて、その穴埋めとして余計な情報を吐き出させる心理誘導だ。
別に話しても構わない「魔法アレルギー」の話をしたことに罪悪感を持たせて、その補填として「賢者様のことは話していない」と主張したくなるように仕向けてきたのか。
こちらに心当たりがないなら「それって何のことですか?」と聞き返したはずだ。
――計画的で慎重に練られた対話構成だ。
事態が確実にまずい方向に進んでいる。
ナースは何事もなかったように続けた。
「今日一晩寝たら明日からは学校の寮に戻れますよ」
「今晩はしっかり眠れるように、お薬を出しておきますね」
「腕を出してください」
そう言いながら、バッグから透明な筒状の器具を取り出した。
「お薬って、注射なんですか?」と戸惑いながらも、ラミーシャは言われるままに腕を差し出す。
針は付いていないが、透明な筒の中には薬液らしきものが見えた。
ナースが腕を、意外なほど強い力でがっしりとつかんだ。
まるで、逃がさないと言わんばかりの力だ。
『これは――やばい』マリトの心の中のアラームが響く。
ナースは筒を腕に近づける。
「逃げなきゃだめだ」「逃げなきゃだめだ」「逃げなきゃだめだ」「逃げなきゃだめだ」
ラミーシャに気づいてほしいと念じながら、マリトは必死に繰り返す。
しかし、ラミーシャは目の前の会話の方に集中している。
『まずい。私が騒いでも気にしないようにするという指示を守っている』
ナースが腕に注射器を押し当てた。
「プシュッ」――短い破裂音と同時に、ラミーシャの気配がふっと消える。
身体は前のめり力なく倒れ込み、ナースに抱きとめられた。
目は開いたままだが、焦点は外れている。
即効性の麻酔薬のようなものなのだろうか。
だが、どういうわけか――マリト自身の意識は途切れていない。
ナースがしばらく、こちらを凝視する。
先ほどまでの看護師の柔和な表情は、元の世界で見た任務遂行中の軍人のような厳しいものに変わっていた。
手のひらを左右にひらひらと振る。
反応がないことを確認すると、
「入ってきていいぞ」と言った。
その口調も軍人のものに変わっていた。
ドアが開く音がした。
視界の端にナース服を無理やり着せられたような大男が映る。
巨漢に似合わない滑らかで素早い動きは、明らかに訓練を受けたプロのものだ。
ナースはつぶやく。
「チョロい娘だ」
「そのチョロ娘の中に召喚された賢者様も、気の毒なことだ」
マリトはラミーシャのことを馬鹿にされたことにムッとした。
『人を疑わない素直さが彼女の良いところじゃないか。それを利用しやがって』
まったく的を射た指摘だとは思うが、他人から身内のことを悪く言われると反論したくなる。
『あ……そうか。出会って一日しか経っていないのに、彼女は自分の身内になっているんだな』そう気付いた。
ナースは横目で大男を確認してから、もう一度ラミーシャを見た。
「おやすみなさい。雲の上で、また、会いましょう」
再びナースの口調に戻してそう告げると、
ラミーシャの目蓋をそっと閉じた。
暗闇が訪れた。
身動きはできない。
筋肉質の腕に軽々と持ち上げられるのを感じながら、頭の中で叫んだ。
「身動きできない、声も上げられない、できるのは目蓋を開くことだけなのに、訓練された軍人たちによる誘拐から逃れるとか、無理筋案件すぎるだろ!」
#STATUS: SPRINT FAILED. PROJECT IN PROGRESS, YET DRIFTING OFF COURSE.
ラブコメ回から、一転、絶体絶命のピンチが訪れました。目蓋を開けることしかできない状態から、どうやって抜け出すのか、この後の展開が気になる方「いいね」ください。




