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TASK 1-01 異世界で目を覚ます

マリトは目を覚ました。

だが、まぶたは開かない。

頭を動かそうとするも、動かない。

手にも力が入らない。

金縛りだ。

落ち着け、と言い聞かせる。

身体が起きていない状態で頭が覚醒しただけだ。

しばらく我慢すれば、身体のどこかが動いて、目が覚める。


だが、待っても感覚は戻ってこない。動けない。

恐怖心が身体の中心からじわりと沸き始める。

何もない真っ暗な空間に浮いているような感覚。

いや、暗闇の中、身動きができないが、自分が寝ているということだけはわかる。

そうか、床が背中を重力に逆らって押しているのを感じているんだ。

「垂直抗力のおかげだな」どうでもいい力学の知識の断片が頭をよぎる。


頭は冴えてきた。だが、感覚は戻ってこない。

金縛りは初めてではない。

いつもなら、そろそろ目かどこかが動いて、全体が動くのだが、いつまでかかるんだ。

と、誰かがいる気配を感じた。

暗闇の中で自分を見下ろしている気がする。

そんなことはない、気のせいだ、と自分自身に言い聞かせるが、その感覚はどんどん強くなってくる。

やはり「誰かがいる」――その思いが確信に変わったとき、

「お目覚めですか?」

声が響いた。


それは、静かで澄んだ、優しい女性の声だった。

なぜか、恐怖は全く感じなかった。

むしろ、その声を聞いた途端に、安心感と、そしてなぜか幸福感が広がるのを感じた。

声は続けた。

「ようこそ。私たちの世界、ボルディアへ。」

「異世界からの召喚後は、しばらく身体の自由がきかなくて不自由だと思いますが、すぐに動かせるようになるので安心してください」


ボルディア? 異世界? 召喚?

ボルディアという世界に召喚されたということか?

アニメやラノベでよく聞く異世界召喚なのか?


暴走トラックに轢かれて転生してしまうという、あれか?

話しているのは日本語だが、そんなご都合主義が本当にあるのか?

あれ?

私はここに来る前、何をしていたんだろうか?

思い出せない。思い出すのを拒んでいるかのようだ。

なぜ、思い出せないんだ? おかしい、この状況自体なんなんだ?

軽くパニックの状態になってきた。


声が続いた。

「深呼吸をしましょう」

「吸って」

声に合わせて息を吸うと、空気の流れ込む音と肺が膨らみ、周囲の身体に軽く圧力を与えているのを感じたような気がした。

「吐いて」

息を吐き出すと、今度は肺から出ていく空気の流れを感じた気がした。

もう2回、繰り返すと気持ちが落ち着いてきた。


「よかった」というほっとした声が聞こえた。

その声に気をとられてしまい、息を吸うのを一瞬止めたのだが、そのとき予想外のことが起きた。

息を吸うのを止めたはずなのに、空気が肺に流れ込んでくる気がする。

何かがおかしい。

自分が呼吸をするタイミングと実際に空気が出入りするタイミングがずれている。

どういうことだ、そんなことがあるのか?

思うように呼吸ができない。

そう思った途端、息苦しくなり、動かない身体で気持ちだけが焦る。

焦りの気持ちが広がった。再びパニック状態だ。


「大丈夫ですから、落ち着いてください」と女性の声にも焦りの色が混じる。

その言葉はもう耳に入ってこなかった。

安心感と幸福感が消えて、不安な気持ちで一杯になった。

気持ちばかりが焦る中、女性の声がハミングをするのが聞こえてきた。

ふん・ふん・ふん・ふーんふふん、ふん・ふん・ふん・ふーん。

ふん・ふん・ふん・ふーんふふん、ふん・ふん・ふん・ふーん。


なぜか、その音を聞くと気持ちが落ち着いてきた。

聞いたことのある曲だ。この曲は何だったのか思い出せそうで思い出せない。

意識が曲のほうに移った。


声が歌いはじめた。


まろき柱 ならびつ

くぐる風に やわらぎ

ともに歩みし 日々想えば

朝日照らす 学び舎


古語のような響きだ。

学び舎といっているのか?

校歌だろうか?

不思議と気持ちが落ち着いてきた。


はるけきとき 過ぎしも

わかちし日々 変わらず

志を 胸にして

またのときを 祈らん


遠い昔のころの友達にまた会いたいという意味だろうか?

良くわからないが、心穏やかな幸福感に包まれる。

続く歌詞は聞き覚えのあるものだった。


うさぎ追いし、かの山、

小鮒釣りし、かの川、

夢は今もめぐりて、

忘れがたきふるさと

(※「故郷ふるさと」 作詞:高野辰之/作曲:岡野貞一 より引用)


マリトの脳裏に子供の頃にどこかで見た、田園風景が広がった。

自分自身は野山を駆け巡った記憶はないのだが、なぜか山とそこに流れる川の情景がひろがる。


この歌は「ふるさと」だったか。

この風景はどこだったろうか?

さっきの校歌のような歌詞はあっただろうか?

考えている間に意識が薄くなっていき、マリトはふたたび眠りについた。

何かがおかしいと感じながら。


何がおかしいのか、そのときの彼は気づいていなかったが、確かに説明の付かないことは起きていた。

彼が目を覚ますのは、もう少し先だ。

ーーTASK FAILED, SPRINT RESTARTING.

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