犯人はこの中にいる
殺人事件が起きた屋敷の中。
偶然にも屋敷に居合わせた探偵は難解なトリックを遂に全て見破った。
「間違いない。これで彼のアリバイはなくなる!」
興奮から思わず心情をそのまま声に出し、客室に置かれていたベルを鳴らす。
すると控えていたメイドがやってきて、探偵に向かって軽く一礼をした。
「お呼びでしょうか?」
「屋敷の人を全て集めてください」
館のメイドに探偵は問う。
「何故ですか?」
「真相が分かったんですよ。それと犯人もね」
するとメイドは驚いた様子もなく、その場に佇んでいた。
この時、探偵は小さな違和感を覚えた。
「本当によろしいのでしょうか?」
「どういう意味だい?」
メイドは二度の瞬きをして問いかける。
「犯人は一人でしょうか?」
「あぁ。僕の考えが当たっているならね」
意気揚々と答えた探偵にメイドは再び二度の瞬きをした。
彼女は何かを伝えようとしている。
探偵はそう確信し、彼女と同じように二度瞬きをしてみせた。
「そして、当たっていることをこれから証明するんだ」
「さようでございますか。では、犯人は一人で被害者も一人ということでよろしいでしょうか?」
三回目となる二度の瞬き。
ここにきて、鈍かった探偵もようやく気づいた。
「あぁ、今のところはな」
「さようでございますか」
メイドは遂に瞬きをしなくなった。
探偵は咳払いを一つしてメイドへ問いかける。
「用事を思い出したので町へ帰りたいのだが大丈夫かい?」
「旦那様にお伝えいたしましょう。きっと、馬車をご用意してくださることでしょうから」
「ぜひ頼む」
再び一礼して部屋から去っていくメイドの後ろ姿を見ながら、探偵の全身に寒気が走っていた。
(何故、気づかなかったんだ?)
探偵は出来る限り平静な表情を作りながら心の中で呟く。
(ここは屋敷。閉じられた世界)
屋敷の人物全員を集めて犯人を告げる。
そうすれば全てが丸く収まり正義が成される。
探偵はそれを本気で信じていた。
しかし、ここは屋敷。閉じられた世界。
屋敷の主が犯人と対立していようとしていまいと、何か不都合があればいくらでももみ消せるのだ。
(そんな中で余計なことを言えば……いや、広めてしまったなら……)
探偵の脳裏にメイドの言葉が蘇る。
『では、犯人は一人で被害者も一人ということでよろしいでしょうか?』
事実だ。
今回の事件に限れば。
しかし、自分があのまま行動をしていたならばきっと別の事件が発生していただろう。
即ち、被害者は探偵である自分。
そして犯人及びその共犯は屋敷の人物全員。
(起こり得たんだ。そんな理不尽で恐ろしいことが)
不意に扉が開いた。
そちらを見るとメイドがこちらを見て微笑んでいた。
「旦那様が馬車をご用意してくださいました。乗られますか?」
「あぁ、ありがとう」
その時。
焦りから探偵はメイドの二度の瞬きを見逃していた。
その日。
屋敷から町に続く道の途中で事故が起こり、不幸にも馬車に乗っていた青年が死亡した。
滅多に起きない人死にのニュースに町は一瞬沸いたが、数日もすればその熱狂は静まってしまった。